医療法人の陽明会にて高齢者住宅の立ち上げを行い、就労支援を広める株式会社クリエイターズにて役員を務め、個人でも医療介護職の方に向けたコーチング活動を行っていらっしゃいます。
前例がない医療介護業界でのパラレルキャリア。細川さんはどのように考えて、独自の道を歩まれているのか。細川さんの想いと、”細川流”の思考法について伺っていきます。
違和感と「後輩のため」から始まったパラレルキャリア
ー 今となっては、医療介護業界のパラレルキャリアのトップランナーとして本も出版されていると思うんですが、キャリアのスタートとしてはどんなことをされてたんですか?
細川寛将さん(以下、細川):ファーストキャリアは普通の医療職が歩むようなものだったんですよ。4年制の大学を卒業した後に、作業療法士というリハビリの資格を取得して、いわゆる総合病院に就職をしました。そこで3年くらい働いていましたね。
ー そこからパラレルキャリアに舵を切ったきっかけはあったんでしょうか?
細川:25、26歳になって、僕が効率とか合理性とかを考えるようになったんです。医療介護職って、患者さんと1対1で関わるのが基本なので、どうしても労働集約型になりやすいんですよ。でも、人口減少が声高に言われているように、支える側の人口はもっと減少していくし、そもそも医療介護職の人口も少ない。この状況で、純粋に「これからどうなっていくんやろう」と思っていたんです。
次第に、単純な1対1の構造はちょっと違うのかも、もっと色んな人を助けるためにはマスでアプローチした方がいいんじゃないか、と考えるようになって、ビジネスやサービスを学び始めたんです。
ー 実際に病院で働く中で、ちょっとした違和感を持ち始めていたんですね。
細川:ちょうどそのとき、たまたま大学の後輩で病院の後輩でもある子から相談を受けたんです。これがターニングポイントでしたね。
忘れもしない12月の日なんですけど、その後輩から急に連絡がきまして。
「進行性の難病にかかって、将来歩けなくなるかもしれないと診断された。彼女との結婚も考えていたのに、理学療法士として病院にも務められなくなる。もうどうしたらいいか分からない」
と言われたんです。
ー かなりへビーな相談内容ですね…
細川:大変な状況のときに僕を頼ってくれたのは嬉しかったんですけど、将来に悩む彼に何て言ったらいいか正直分からなくて、傍にいてあげることしか出来なかったんです。とりあえず自分の家に泊めて「一緒に考えよう」って。
そこで考えているときに、足が不自由になる病気ならインターネットでビジネスをやったらいいんじゃないか、という話になったんです。そこから「一人にはさせたくないから一緒にやろう!」と言って、2人でビジネスを考え始めました。週に数日は家で一緒に作業して、その後一緒に病院に出勤して、みたいな日々を1年くらい続けたんです。そこで実際に成果が出始めた、ということがパラレルキャリアの道への一番大きなきっかけでしたね。
ー パラレルキャリアをしようとして始めたわけじゃなく、後輩の方のために「何か出来ることはないか」というGiveの精神から導き出した結果だったんですね。
細川:そうですね。実際、彼にもとてもプラスに働いて。物販の輸入事業から始めて、中国でオリジナルの鞄を作ったりしていたんですけど、彼も杖を突きながら中国の工場まで足を運んで打ち合わせしたりとか。将来を悩んでいた彼が、「これが生きがいなんです」と言うようにまでなって。そこで「あ、これってすごく良いことなんだな」って初めて実感したんです。
ー この経験は、後輩の方だけじゃなく細川さんにとっても大きなインパクトがあったと思うんですけど、どのような気付きから後の活動へ繋がっていったんですか?
細川:後輩への行動が、一つのリハビリテーションの形そのものだと思ったんです。リハビリテーションって「環境への再適応」という意味があるんですよ。だから、作業療法士はリハビリとして、障害を持ちながらも環境に馴染める適応力を高める。それが病院だけでなく、後輩へのキャリア支援も同じ枠組みなんじゃないかな、と思ったんです。これって、リハビリテーションの新しい形なんじゃないかって。
元々、病院で働く中で、「作業療法士って何なんだろう」「何のためにこれやってるんだろう」と、アイデンティティ・クライシスに陥っていたので、後輩を通して自分の役割が腑に落ちたのは大きかったですね。誰もやってはいなかったけど、自分の中で「あ、これええやん!」って思えたんです。そこからですね。この気付きを体系化出来ないかなと考えて、キャリア理論などを学び、医療介護職の方へのコーチングなどに繋がっていきました。
挫折から学んだ”自分なりの戦い方”
ー 先程、「誰もやっていなかった」と仰っていましたが、初めてのチャレンジに臆することはなかったんですか?
細川:臆することはなかったですね。”人と違う行動にも価値がある”と、大学時代に実感したことが大きかったかもしれません。僕、大学受験に失敗してるんですよ。しかも、プライドが邪魔して、最後の追い込みをしなかったのが敗因っていう。この失敗から、変なプライドって本当にダサいなと思うようになって、大学では自分を変えようとしてたんです。
遊びもバイトもせず、ひたすら図書館に籠って。他の人が臨床込みの5,6年間で身に付ける知識を4年間で学んでやろうと思って、絶対学生が読まない本も読んでましたね。周りにそんな学生はいなかったんですけど、勉強が功を奏したのか、大学で優秀賞なるものを貰えたんです。そして変な話ですけど、副賞として賞金も貰えたんですよ。
バイトのような周りがやっている労働じゃなく、人がやってないことでも価値を見出せばお金貰えるんだ、って思ったんです。これが「人がやってないことをやってもいいんや」って思えるようになった原体験かもしれませんね。色々言われながらも、4年間自分を貫いて上手くいった経験は僕の考え方の核になっている気がします。
ー この原体験と、後輩の方を通して学んだキャリア支援が重なって、パラレルキャリアの提唱に繋がっていくんですね。
細川:そうですね。僕が学んだ自分なりの戦い方については、”ナレッジワーク”という言葉にして強調することが多いんですよ。パラレルキャリアにおいて、いたずらに労働時間を増やすんじゃなく、自分に出来ることを棚卸しして、自分の知識を付加価値として提供する。こうすることで、先程もお伝えした1対1の関係性じゃなくて、1対マスの関係性に持っていくことが出来るんです。新しい働き方として、「自分の知識をもっと世の中に広めていく術を考えましょう」というスタンスでパラレルキャリアを提唱していますね。
ー 本業の知識を活かして、別のフィールドで活躍している具体例って何かあったりしますか?
細川:僕のクライアントではないんですが、最近のトレンドではYoutuberをやっている理学療法士がいます。ストレッチをレクチャーするチャンネルなんですけど。彼は「ストレッチによって怪我は予防出来る」ということを地方から広めたかったみたいなんです。1日8時間勤務して、8時間動画の撮影をして、みたいな生活を1年近くやって、ようやく時間に見合った対価を得られるようになった、と言っていましたね。
これも立派に社会課題の解決に繋がってますし、理学療法士としての価値を別の場所で提供している形だと思います。
僕自身のクライアントも本当に多くの成果をだしていて、僕自身が一番驚いています(笑)
日常にマーケティング思考を
ー 医療介護職は専門職だからこそ、スキルを棚卸しした上でのアウトプットを提唱なされていると思うんですが、アウトプットにも色んな形がありますよね。パラレルキャリアに興味をもって、実際に行うまでのステップはどのように踏んでいったらいいのでしょう?
細川:いきなり具体的な行動に移すんじゃなくて、自分の感性を意識することから始めるのが良いと思っています。日々生活する中で、課題を見定めたり違和感や疑問を感じるアンテナの感度を上げる、という意識ですね。
日常の職場である病院1つとっても、患者さんの待ち時間を解決したいな、とか課題は無限に存在しますよね。なので、まずは課題への感度を高くして「自分が持っているスキルやナレッジだったら、その課題に対してどうアプローチ出来るだろう」という自問自答を繰り返すことが大事です。
こうしたニーズを自ら抽出でき、自らのスキルやナレッジを把握して初めて、じゃあ誰と組むか、お金がどの程度要るのか要らないのか、自分だけで解決出来るのならどのように発信をしていくのか、という選択肢を吟味する段階になるんだと思います。
ー なるほど。マーケティングのように、自分のスキルや知識を市場と照らし合わせるというか。
細川:そうですね。「これをやりたい!」っていうプロダクトアウトの思考よりは、マーケットインの発想で、課題に対してどういうアプローチを自分なら出来るのか、というところから発想を広げるのが第一歩としては良いと思いますね。
結講、医療・介護職は「思い」や「プロダクト」ありきで考えがちですが、残念ながらそれだけでは課題は解決しない、むしろオーバースペックになり現場が疲弊するなんてこともあります。
ー アンテナを意識するとき、日々の専門領域に関しては情報感度を高く出来ると思うんですが、マーケットを意識して自分の商品化を考えると、どのように感度を高めるべきか分からない人も多いと思うんです。こういうことしたら良い、とかってありますかね?
細川:大切なのは、「普段やらない思考をする時間」を確保することだと思いますね。1日1時間でもいいから、無理やりにでも時間を確保して、その日にあった疑問や違和感を3個でも5個でも書き出すんです。あたかも日報のように、毎日書き続ける。
人は言い訳しやすいですからね。まずは無理やり時間を作ることが大事です。
30分早く起きてノートに書き出す、出勤時にスマホにメモする、就寝前に1日を振り返りながら課題を書き出す。こうした時間の蓄積が、感度を高め、後に大きな差別化に繋がると思います。
自分と向き合え。答えは自分の中にある
ー 「感度を高める」と聞くとTwitterとか日経新聞とか、メディアなどの外に目を向けるって捉える人が多いと思いますけど、そうじゃなくて自分の内側への意識を強めることが大事なんでしょうか?
細川:僕はそう思いますね。まずは毎日のように疑問や違和感をあげて、それに対して自分だったらどう仮説を立ててアプローチするだろう、と考え続ける。これを続けることで、ようやく方向性が固まってくるんです。大体3つくらいに絞られて、この中で自分が出来そうなものをやってみよう、という順番で良いと考えています。
もちろん、大局的な流れを読むことや視点を高め、視野を広げる上で外に目を向けることは大事です。ただ、自分に向き合わない「逃げ口上」になってしまっている人も結講多くいます。
その「逃げ」を覚えてしまうと、やれ「政治のせい」、やれ「会社のせい」と責任を外部に委ねるようになります。そういう思考が身についてしまうとなかなか改善しない。
そのため、自らが解決できる事象・課題にフォーカスし、その課題解決に向けて取り組む。このサイクルができると自己成長に大きな影響をもたらすと思います。
ー 感度を高めた後の具体的なアウトプットとしては、Twitterやnote、Youtubeなどのオンラインの形もあれば、セミナー講師やコンサルティング案件のようにアナログに売り込むという形もあると思うんです。このアウトプットの形としては、どういう風に自分に合ったものを見定めていけばいいんでしょう?
細川:形どうこうの前に、アウトプットそのものの練習が先ですね。TwitterでもFacebookでも良いんですけど、自分の考えや想いを要約して発信するんです。発信することで周りやマーケットからの反応を得られる。その反応を元にどう考えるかが大事だと思うんです。もしかしたら、自分の思っていることは全然共感を得られていないかもしれない。反応を得て、そこから自分の考えをアップデートしていく練習をした方が良いですね。
このアップデートが済んでから、アウトプットの形に自分の得意な色を付けていけば良いんです。人と話すことが得意な人だったら、交流会とかセミナーに積極的に参加して、自分の考え方を伝える。直接の行動が苦手な人は、Webでの発信を強化させてもいい。もっと本格的にやりたい人は、戦略的に練って初めからビジネスにしていってもいい。思考をアップデートしていく中で、自ずと自分の色が見つかるはずです。
ー なるほど、まずは自分の考えをまとめていくことが大切だと。
細川:結局、答えは自分の中にしかないんですよ。外に出て行動することが全員にとって良いわけじゃない。それよりは、自分と向き合って自分と闘うことから始めて欲しいんです。自分の考えに向き合うことは鬱々とするときもあるんですけど、それさえも楽しんでもらえたらと思いますね。「人間らしくていいな」って。
その先で”ナレッジワーク”として、自分の知識を広める医療・介護職が増えて欲しいと思います。
(取材:西村創一朗、写真:、文:安久都智史、デザイン:矢野拓実)