近年、人材育成や社内改革の観点から、「イントレプレナー=社内起業家」を育成する企業が増えています。また、パラレルワーク(複業)として社外で起業したり、社外団体を設立したりする人も少なくありません。

そんな中、パラレルワークで得たスキルや経験をイントレプレナーとして本業に活かし、社内でイノベーションを起こそうと仕事をしている方がいらっしゃいます。そんな存在のことをパラレルプレナーと呼びます。

「パラレルプレナーの時代」と題したこの連載では、パラレルプレナーとして会社の枠にとらわれずに活躍する方へインタビュー。今回は、ロート製薬で広報として働きながら、複業で「MYSH Sake Bar」の女将を務める菊池容子さんにお話を伺いました。

 

菊池 容子 プロフィール
宮城県出身。化粧品会社の商品企画に携わり、その後ロート製薬に転職。スキンケアのマーケティングを担当し、現在は広報・CSV推進部にて、統合報告書の制作やコーポレートコミュニケーション・CSRを推進。東日本大震災をきっかけに東北風土マラソンの立ち上げに携わり、宮城の食と日本酒を広めるためMYSH Sake Barの女将を兼業。6月より新しい兼業にチャレンジ。

 

スキンケアと向き合うため、化粧品会社から製薬会社へ

ー ロート製薬に入社されてから今まで、どのようなお仕事をされているんでしょうか?

入社してから十数年は、スキンケアの商品企画や営業企画、ブランド事業などに携わっていました。その後3年ほど、ヘルスサイエンス研究企画部という部署で大学の先生と研究に関するやりとりをしたり、健康情報冊子を作ったりといった仕事を担当。広報・CSV推進部に異動したのは、今から4年前です。

現在は、コーポレート広報としてスポーツ支援や地域支援などのCSRに関する仕事をしています。他にも、統合報告書の制作やコーポレートコミュニケーションのレポート作成、子供のスポーツ教室などを担当しています。

ー ロート製薬の前は、新卒で化粧品会社に入社されたんですよね。その会社を選んだ理由は何だったんですか?

もともと肌が弱かったので、スキンケアに関する仕事がしたくて入社しました。

ー 昔から化粧品会社で働きたいという思いがあったんでしょうか?

いえ、高校生のときは「資格を取って手に職をつけ、長く働きたい」と考えていたので、大学で薬学部に入って薬剤師の資格を取りました。だけど大学で4年間勉強してみた結果、薬剤師として働くイメージが持てなくて……。一度立ち止まって、自分が何をやりたいのか考えてみたんです。そうしたら、「スキンケアに携わりたいな」と。

ー 想いを持って入社された化粧品会社から、ロート製薬へ転職したのはなぜですか?

化粧品会社で商品企画をしていた3年目の頃、お客様からお礼のお手紙をいただいたのがきっかけです。そこには「ずっと悩んでいた肌トラブルがスキンケアで治った」と書かれていたんですが、科学的には化粧品にそんな効果はないんです。

でも、化粧品は肌トラブルを解決するくらい力を持ったものなんだなと思ったとき、もっとスキンケアと向き合わなきゃいけないなと改めて思って。そこで、成分までしっかり考えて化粧品に関わるため、ロート製薬に移ることにしました。

ー たくさんの選択肢がある中でロート製薬を選んだ決め手は何だったんでしょう?

ロート製薬はその頃、「Obagi(オバジ)」という機能性スキンケア商品に取り組み始めていたんです。容器の見た目より、機能や効果にこだわって商品を作っていて。それは化粧品会社にはできないことだな、化粧品の概念を変える会社だな、と思ったことが決め手でした。

ー だから入社後もスキンケアに関するお仕事をされてきたのですね。

そうです。オバジブランドで商品企画からブランド事業まで一通りのことをさせていただきました。だけど東日本大震災が起こって地元・宮城が被災したことにより、会社としても個人としても東北復興支援やボランティアに行くようになって、CSRに興味を持ち始めたんです。そのタイミングでちょうど広報へ異動になりました。

 

複業のきっかけは東日本大震災の復興支援

ー ロート製薬では、スキンケアブランドを担当したのち、広報・CSV推進部に異動。菊池さんが複業を始められたのは、ちょうどその頃ですよね。

はい、東日本大震災の復興支援でボランティアに行って、いろんなコミュニティに属している方々と出会うようになったのが複業のきっかけかなと思います。「社外のコミュニティに所属するというライフスタイルがあるんだな」という気付きがあって、少しずつ複業にも関心を持つようになりました。

ー 会社員としての仕事だけでなく、会社の外で働くことに興味を持っていた中で、2016年にロート製薬でも副業解禁。それからすぐ複業を始められたんですか?

はじめはNPOのお手伝いをさせてもらったり、「東北風土マラソン」の立ち上げを支援したりと、自分の持つネットワークでできることをやっていただけでした。仕事としての複業をスタートしたのは2018年からです。

ー それが「MYSH Sake Bar」でのお仕事なんですね。

そうです。こちらも、復興支援のネットワークからご縁をいただいて始まりました。飲食業や接客に興味があったわけではないんですが、MYSHの「働き方を変えていく」「一人ひとりのチャレンジの場」というコンセプトに惹かれたんです。東京にいても宮城に関わる活動がしたい、という思いもありました。

「何かチャレンジしたくても場がなくてできない」という悩みをよく聞くんですが、MYSHはその場を提供する代わりにみんなでチャレンジして応援し合うというコンセプト。そういうきっかけをいただけるのはありがたいなと思い、私自身も挑戦することにしたんです。

ー 素敵なコンセプトですね。実際にMYSHに携わってみてどうですか?

MYSH自体もお店の場所を移して変化しているので面白いですし、20〜30人いるメンバーを見ていても「新しい働き方だな」と感じで興味深いです。背景も会社も違う人たちが集まって、こんなにいい場ができる。「こういう場所が他にもあったらいいのにな」と思うくらい、素敵だなと思っています。

ー 単なる仕事という感じではなく、サードコミュニティとして居心地のいい場所になっているんですね。

ただの複業先ではなく、まさにコミュニティという感じです。会社とは違う立場で人と接したり、MYSHで働く若い人たちの感覚を知ることができるのも面白いですね。

 

複業で得られたお客様視点とチャレンジ精神

ー 複業することでいろんな繋がりを得られたと思いますが、他にも「複業だからこそ得られたもの」というのはありますか?

MYSHは小さいコミュニティなので、「自分たちで作っていく」という実感が得られました。本業だと組織の規模が大きいので、自分の手で作る感覚はどうしても得られにくいんですよね。

それに、MYSHだとやりたいことに気軽にチャレンジできるなと感じます。自分がチャレンジするだけではなく、誰かのやりたいことをみんなで応援することもできる。こういう機会を得られるのは、複業ならではだと思いますね。

ー 気軽に「こういうことやりましょうよ」と言って自分たちの手で作っていけるのは、複業の良さですよね。

MYSHは、関わっているメンバーそれぞれの満足度が高いと思います。だから自然と人が集まるのかな、と。「会社では自分のやりたいことに挑戦するのが難しい」と悩んでいる人もいるので、それが実現できる場というのはいいなと思います。

ー 複業を通して学びを得られることもあったんでしょうか?

「こういうお客様がいるんだ」とお客様を想像する意識は身につきましたね。私は本業がメーカーなので、エンドユーザーの方に会うことがあまりないんです。データやアンケート結果でイメージするしかなくて、具体的に想像するのが難しかったんですよね。

でも、MYSHでは飲食店で直接お客様と接するので、お客様に喜んでもらえることをみんなで考えてまず実践します。そうしてどんどん進化し続けることができるんです。

ー 顔の見えないフィードバックが中心となる本業では感じにくいことですよね。顔が見える関係性で声を聞くことができるのは大きいと思います。

他にも、オリンピック・パラリンピックの組織委員で複業をしたのは、オリンピックを通してスポーツ支援やSDGsについて学べることも多いんじゃないかと考えたからです。本業ではスポーツ担当でもあるので、周りを巻き込む方法や観客を楽しませる工夫を学びたいと思いました。

オリンピックは「持続可能性」に配慮しているので、ゴミの分別やリサイクルを緻密に計算して会場を作っているんです。そのためにいろんな部門が関わって考えているので、本業でも部門を越えた取り組みが必要だなと思わされました。

SDGsにおいては情報発信が大事だと感じています。情報がないと何となくしか分からないものも、常に情報に触れていたら「こういうことができるんじゃないか」というアイデアに繋がるんです。そういう巻き込み方は、本業でも考えていきたいですね。

ー まさに複業が本業に生かされているわけですね。「複業をやっていたからこそ本業でこんなチャレンジができた」「こんな成果を残すことができた」という事例があれば教えてください。

具体的な事例としては、2018年にロートでクラウドファンディングに挑戦したことです。

当時はまだ、企業がクラウドファンディングをやるような時代ではありませんでした。でも複業を通していろんな人の話を聞くうちに、「1店舗の飲食店の場合は、大きな宣伝よりファンづくりを大事にしたほうがいいんじゃないか」と思うようになったんです。それならば、クラウドファンディングという手段が最適ではないかと考えました。

最初の一歩は勇気が必要でしたが、今はやってよかったなと思っています。

ー 従来と違うPR手法があるという発想は、社外に出て繋がりを持っていたからこそ生まれたんですね。

そうですね。社外でいろんなことにチャレンジした経験が、本業でクラウドファンディングを提案する勇気に繋がったんだと思います。

 

複業のきっかけ作りと文化の伝承に関わりたい

ー 本業から複業へ、複業から本業へとご自身の経験や知識を生かす、まさにパラレルプレナーとして活躍する菊池さん。今後、仕事を通して実現したいことややってみたいことを教えてください。

MYSHでは、飲食店にこだわるというより「生産者の方に感謝してそれを東京で伝えていく」という場作りを目指しているので、MYSHの先にいる作り手さんを応援できるような何かができればいいなと考えています。

私自身、いろんなことを自由にやらせてもらっている今の状態がとてもバランスが良くて。だから本業では、いろんな場や選択肢を持ちたい人を応援したい思っています。なかなか社外の場を持つことができないという悩みはよく聞くので、そのきっかけ作りがしたいですね。

ー 仕事とは関係なくプライベートで挑戦したいことはありますか?

着物の着付けを習っているので、着付師の試験を受けて合格できたら、着付けを教えたり実際に着付けをしてあげたりしたいです。オリンピックで海外の方が来られた際、着付けをしてあげられたらいいなという思いもあって始めたので、それも実現させたいです。

新しいことも好きなんですが、古くから伝わる文化って現代でも役に立つことが多いんですよ。敷居が高く感じられるかもしれませんが、日本の伝統文化を広めていけたらなと思っています。

MYSHで扱っている日本酒も、歴史や文化があって面白いんです。日本の良さってまだまだあると思うので、そういうところに関わっていけたらいいですね。

ー 温故知新で伝統文化の魅力を再発見して伝えていくというのは素晴らしいですね。パラレルプレナーとしての菊池さんの今後が楽しみです。本日はありがとうございました!

 

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取材:西村 創一朗
執筆:矢野 由起

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