「アルムナイ」という言葉を聞いたことはありますか?アルムナイはもともと「同窓生、卒業生」という意味を持つ言葉ですが、人事領域においては「企業の退職者」を指します。

日本では、退職後に企業と個人がつながり続けることは新しい考え方ですが、欧米ではお互いにメリットのある関係性を築くのが一般的。そんな「アルムナイ・ネットワーク」を日本でも広めているのが、株式会社ハッカズーク(以下、ハッカズーク)です。

今回はハッカズークの代表である鈴木仁志さんにインタビュー。アルムナイとのつながりが企業にもたらすメリットや、鈴木さんが考えるアルムナイ・ネットワークの可能性について伺いました。

 

アルムナイとつながり続けることで人材投資を無駄にしない

ー ハッカズークの事業内容について教えてください。

アルムナイ(=企業の退職者)とのつながりに特化したSaaSやコンサルティングの提供と、オウンドメディア「アルムナビ」を運営しています。2017年7月に設立したのですが、アルムナイに特化した事業を展開している日本で初めての会社です。

人生設計やキャリアの多様化が進む中、企業と個人の関係性は大きく変化しています。それぞれの変化を見てみると、企業に比べて個人の方が変化しやすく、スピードも速い。特に大きい企業の場合、多くの社員がいるからこそ全員の求めるキャリア設計に対応することは難しくなってきています。

その中でも、変化への対応が追いついていないのが退職です。これからは一社で定年まで勤める人が減り、転職などによる退職をする人が増えるでしょう。だからこそ、退職後もつながることが価値になると考えました。

しかし、今の日本企業はアルムナイとつながっていないケースが多く、退職後はお互いに何をやっているのかすら知らないことがほとんどです。そこでハッカズークでは、アルムナイと企業がつながれるクローズドなSNS『Official-Alumni.com(オフィシャル・アルムナイ・ドットコム)』を提供し、企業とアルムナイの良好な関係の構築および強化をするお手伝いをしています。

ー アルムナイに関する事業を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

前職で人事・採用コンサルティング・アウトソーシングの会社にいたときの経験がきっかけです。企業は採用や育成に多くの時間と費用を投資しますが、「退職と同時につながりが途切れてしまうと、それまでの投資が無駄になってしまう」という話をよく聞きました。それは非常にもったいないことです。

なかには、「辞めたらもったいないから、人材に投資するのをやめようか」という相談を受けたこともありました。事業を成長させるために人材への投資は不可欠ですし、「辞めてしまうから投資をしない」というのは本末転倒です。

どうやったら人材に対する投資が、退職後も無駄にならない関係性を築けるのか。海外の事例などもリサーチした結果、たどり着いたのがアルムナイでした。

今まで多くの日本企業は、自社の候補者と社員までしかジョブスコープとして見ていませんでした。一時期から「社外のタレントにも目を向けよう」という流れが出てきたものの、自社を辞めた人に目を向けることはなかったんですね。

その理由は、終身雇用という心理的契約によって「退職者=裏切り者」と感じてしまっていたから。しかし退職者は決して裏切り者ではありません。

ー 退職者は裏切り者ではなく、社員以外でもっとも良き会社の理解者だと思うのですが。

そうなんです。日本人には「ひとつのことに特化するのが素晴らしい」「二兎を追うのは誠実ではない」という考え方の人も多いため、退職者は「一社で勤め上げずに他でのキャリアを選んだ」とネガティブな感情を持たれることがあります。

このネガティブな感情を変える方法としては二つあります。ひとつは社内で退職者を裏切り者扱いしないこと。もうひとつは、「企業とアルムナイがつながるとどんなメリットがあるのか」をお互いが理解することです。

2020年5月にパーソル総合研究所が発表した調査結果(*1)によると、アルムナイ経済圏は年間1兆円を超えています。企業やアルムナイごとに得られるメリットも、オープンイノベーションを含む事業視点やブランディング視点、採用視点、人材開発視点などさまざまです。

もっとも分かりやすいメリットは、アルムナイの再雇用。「カムバック採用」「ジョブリターン制度」といった名前で制度化している企業も増えています。

しかし、制度化するだけでは意味を為しません。辞めた後も企業とアルムナイが関係を構築できてこそ、お互いの変化を知ることができ、ニーズが合った時に再入社という結果が生まれるのです。

たとえば最近はDXがどんどん進んでいて、仮に5年前に活躍する場がなかった人でも、今は活躍する場ができている場合もあります。一方、企業とアルムナイで良い関係を構築できていなければ、アルムナイに企業としての変化が伝わっていないケースがほとんどなのです。

ー そのほかにはどのようなメリットがありますか?

「ブランディング」視点でのメリットも大きいですね。

たとえばマッキンゼーでは、経営者など多くの優秀なアルムナイを輩出していることや、そのアルムナイとの繋がりを形成できることを採用時のブランディングとしています。それにより、求職者はマッキンゼーに入社することでどんなキャリアを形成できるのかイメージできます。そこで得られる人脈も魅力的です。

マッキンゼーだけでなく、日系企業でも採用ページなどでアルムナイの転職先やインタビューを掲載する企業が増えてきました。

ー リクルートもまさにそうですね。就活生にも、リクルートを辞めた人が今どんな場所で活躍しているのかを聞かれるんです。それだけ、退職を前提にその後のキャリアを考えている学生が多い。

そういう学生は今すごく多いですよね。新卒採用においても、その企業で働いた経験のあるアルムナイの口コミはインパクトがあるんです。

新卒採用の説明会に来てくれた人はお客様のように扱われるのに対し、なぜか退職者は大切にされません。オンボーディングや採用のリクルーターレーニングはみんなやるのに、オフボーディング(※)で何をすべきか、何をしてはいけないのかは誰も教わっていない。これが、退職時に不幸な辞め方や送り出し方が起きてしまう一つの要因なのです。

※オフボーディング=退職の意思表明から退職が完了するまでの一連の施策のこと

 

社内・社外どちらも知っていることがアルムナイの強み

ー 公式にアルムナイとのつながりを持つ企業のbefore⇔after事例をいくつか教えてください。

もともとアルムナイと受発注関係のあったコンサルティング系の企業があるんですが、従来は会社がアルムナイに発注するというパターンが多かったんです。しかし今では、アルムナイから、もしくはアルムナイの紹介による受注が増え、年間売上の約5%を占めるようになりました。

アルムナイ側に話を聞くと、「辞めた自分が発注をすることを企業がどう思うのか懸念して発注ができなかった」という声がありました。仕事をお願いするメリットがあるにもかかわらず、気を遣って避けていたんですね。

ー 良かれと思ってやっていたことが、お互いの間に壁を作ってしまっていたわけですね。他にも成功事例はありますか?

雇用という視点では、産休や育休を取る社員の代わりとして一時的にアルムナイを採用している企業がありますね。また、社員向けの講演会でアルムナイから、社外視点での企業の魅力や、最新のビジネス動向などを話してもらうことで、社員の視野を広げたり、社員が自社の良さを再認識する良い機会になってエンゲージメントが向上したという事例もあります。

いずれにせよ、こういった取り組みを実現させるためには、お互いの関係性が築けていることが前提条件ですね。

また最近多いのは、アルムナイとオープンイノベーションに取り組む企業。イノベーティブなアイデアを出すために外の人とコラボレーションするのは重要ですが、「知の探索」ばかりになり「知の深化」が欠け、実現できずに終わることがよくあります。

そこで、社内のこともよく知っているアルムナイに外からの知見を持ってきてもらい、その会社に合った実現性の高いイノベーティブなアイデアを探るわけです。当社ではこれを「アルムナ”イ”ノベーション」と呼んでいます。

ー アルムナ”イ”ノベーション、すごく納得感がありますね。内と外両方を知っていて、「知の探索」と「知の進化」を両方できるのは、アルムナイだからこそです。アルムナイと積極的につながりを持っているのは、終身雇用文化が根付いていない比較的若い企業のイメージがあるのですが、大手企業でもアルムナイ・ネットワークは広がっているのでしょうか?

はい、大手のメーカーや広告代理店など、歴史ある企業も取り組まれています。「辞めた人は裏切り者」であるという風潮があるということは、在籍している社員もいつか辞めるときに同じ扱いを受けるということ。それは辞める人だけでなく、残った社員にとっても辛いことですから。

一度つながったら退職後もつながり続けることができる、という可能性を示すことができれば、社員はポジティブな気持ちで働くことができます。その結果、企業に対するエンゲージメントも向上するので、アルムナイ・ネットワークを導入している企業の社員からも、とても評判がいいんです。

ー 雇用の切れ目を縁の切れ目にしないというのは、アルムナイと関係を築く上でも社員に気持ちよく働いてもらうためにも大事なことですね。

 

副業×リモートワーク化が進むからこそアルムナイとのつながりが重要

ー この2〜3年の副業解禁の流れに加え、コロナ禍をきっかけにリモートワークが広まった結果、副業人材の採用に取り組む大手企業が増えています。もしアルムナイがかつて在籍していた会社で副業をした場合、企業にとってどのようなメリットがありますか?

オンボーディング期間を短縮できることは大きなメリットとしてあげられます。内情を知っているアルムナイであれば、仕事内容はもちろん、社内の文化や使っているツールなどがあらかじめ分かっているので、キャッチアップするスピードが速い。

もし「外にいる人材だからこそ自社にメリットがある」と考えて副業人材を採用するのであれば、外の知見を持ち、かつ中のことを分かっているアルムナイを選択肢から外す理由はないと思います。

採用の入り口として副業人材採用を考えている場合も、アルムナイ側が会社の変化や今の自分とマッチするかどうかを確認する目的で関わってもいいかもしれません。

もし、退職後もアルムナイと仕事で関わることが会社の文化になったら、良い「辞め方」「送り出し方」が増えると思うんです。

ー まさに灯台下暗しですね。社内にない知見を外から得るという観点でも、アルムナイはアプローチすべき人材群のトップ集団にいるはず。そこを無意識的に除外してしまってはもったいないですよね。

辞めた会社とつながることを無意識的に避けているのはアルムナイも同じです。いきなり「つながりましょう」と言ったところで、心理的なハードルがあったり、メリットが伝わっていないケースがあるので簡単にはいきません。

しかしアルムナイ・ネットワークをつくることは、両者がもう一度関係を築くためのきっかけのひとつになれると思うんです。

ー 副業採用もアルムナイも新しいトレンドなので、その両方に取り組んでいる企業はほとんどないと思いますが、アルムナイの副業採用に取り組もうとしている企業はあるんでしょうか?

挑戦しようとしている企業はありますね。社内に外部の人を入れるのが難しい業界では、アルムナイが転職した会社や起業した会社に社員を出向させたり、社員が副業として働く先とすることで外とつながろうと画策しています。

もしアルムナイの会社に出向や副業できるプログラムが実現すれば、アルムナイ側にとってその企業はバーチャルリソースのプールのようなもの。加えて自分と共通言語で話せる人が来てくれるのですから、そこから人材を引き抜くより、プログラムを受け入れたほうがメリットがあります。

ー 最後に、これから副業人材の採用を検討している企業の方に、メッセージをお願いします。

まずは「何のために副業人材を採用するのか」と「どんな人物像を採用したいか」を考えてほしいです。そして、アルムナイが当てはまらない理由がなければ、ぜひアルムナイも採用候補として考えてみることをお勧めします。

もし実現に向けて壁があるのであれば、ぜひ一度相談いただけると嬉しいです。

ー 今後、人手不足が深刻化する日本においてアルムナイとつながりをもつ企業はますます増えていくでしょうね。ありがとうございました!

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【参考資料】
*1:https://rc.persol-group.co.jp/news/202005290001.html

 

(取材:西村創一朗、文:矢野由起)

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