「いつまでやってるの!いい加減勉強しなさい!」。

そんな言葉とともにある、日本中の子どもたちのゲーム事情。プレイステーションが発売された1994年には、日本は世界のゲーム市場において、消費量50%を占めていました。しかし2010年になると、その比率は10%にまで低下。海外を見渡してみると、日本が得意としていた家庭用ゲーム機ではなく、PCで楽しむオンラインゲームが隆盛を極めています。

そのなかでも特に注目を集めているのが「esports」(主に対戦型ゲームをスポーツとして捉える際の名称)です。スポーツ同様、プレーする選手を、観客席がぐるりと取り囲み、一つ一つのプレーにスタジアムが熱狂する。まるで野球の「サヨナラホームラン」のように、ファンが両手を上げて喜びを爆発させるのです。

世界では、学生の大会ですらスポンサーが20社以上つくことも少なくなく、一社で1億円以上を提供するスポンサーがいるほど。優勝者には数億円の賞金が渡ることもあり、既に「プロゲーマー」は“なりたい職業”に名を連ねる存在になっています。

日本もかつての栄華を取り戻そうと、esportsに積極的に参入し始めています。競技人口は年々増え続け、現在25〜30のプロゲーミングチームがあるそうです。国内最大の大会は約4,000人を集客するまでに成長しています。

“ゲーム大国・日本”復活の足音が聞こえ始めている…!といいたいところですが、プロゲーマーの鈴木悠太さんは「このまま競技人口が増えたところで、esportsが文化になることは難しい」と語ります。

プロゲーマーを育成する専門学校の講師でもある鈴木さんに、プロゲーマーになった背景、日本esportsの将来についてお伺いしました。

選手のプレイに「ドッ」と場内が沸く。たかが“趣味のゲーム”が持つポテンシャルに引き込まれた

鈴木悠太:プロゲーミングチーム「SunSister」AVA(Alliance of Valiant Arms)チームに所属。東京アニメ・声優専門学校の講師を務めながら、プロゲーマーとして活躍中。

ーーまず「プロゲーマー」として、鈴木さんがどんな活動をしているのかお伺いできますか?

主にプロゲーマー育成の専門学校「東京アニメ・声優専門学校esportsプロフェッショナルゲーマーワールド」と「OCA大阪デザイン&IT専門学校」の講師として活動しています。また、プロゲーマーとして定期的に開かれる『Alliance of Valiant Arms』の大会に向けて、毎晩練習を行っています。もちろん、ただ練習を行うだけでなく、練習の様子をインターネット配信し、ゲームをしている様子を楽しんでもらう活動もしていますね。

インターネット配信は、世界中のプロゲーマーが当たり前に行う、一見遊びのようで仕事の一つ。配信を見に来てくれる方々とリアルタイムにコミュニケーションを取り、チームにスポンサード頂いている企業様のロゴを掲載してコミュニティへ認知してもらうなどの目的があります。そのほかにも、Youtubeへゲーム実況動画をアップロードしたり、ネットメディアへ掲載する記事を執筆したり、テレビやラジオなどのメディア対応をしたり…と、さまざまな活動を行っています。

ーー鈴木さんがプロゲーマーを志した背景についてお聞きしたいです。

一般的に「ゲーム」と言ったら、「プレイステーション」のような家庭用ゲーム機、もしくは「ニンテンドー DS」などの携帯型ゲーム機を想像しますよね。しかし、僕らの世代(1993年生まれ)や「esports」の文脈でのゲームは、オンラインゲームなんです。

初めてオンラインゲームに触れたのは、中学1年生の頃。親のPCで初めてオンラインゲームをして以来、すっかりハマってしまいました。かつては家庭用ゲーム機で親の視線を感じながらゲームをすることが一般的でしたが、僕らの世代は自分のPCでオンラインゲームに没頭する人も多く、僕ももれなくその一人です(笑)。

しばらくは趣味程度で楽しんでいましたが、高校生のときに、世界中で人気のあるFPS(本人視点でゲーム中の世界・空間を任意で移動できるシューティングゲーム)『Alliance of Valiant Arms』の日本一を決める大会を観に行きました。そこで目にした光景が、あまりにも鮮烈だったことを今でも覚えています。

いわゆるスポーツを行う会場でゲーマーたちがプレーをし、それを取り囲むようにお客さんがいます。それまでゲームといえば家で一人で楽しむもの、もしくはオンラインで顔の見えない誰かと繋がるだけでしたが、プレイヤーと観客が一体になって熱狂する姿を目の当たりにし「自分の好きなゲームにこんな文化があるんだ」と衝撃を受けました。勝てば手を叩いて喜び、負けたら顔をぐちゃぐちゃにして号泣するーー。「僕の好きなゲームが、こんなにも人の心を動かすんだ」。そう感じた瞬間から、本気でプロを目指しました。

日本一のプレーヤーを目指し、毎晩夜9時にPCの前に座ってオンラインの仲間とゲームに熱中する。そんな日々を3年以上続けました。その点、部活やチームに入ってハードに練習するスポーツ選手と全く一緒です。

ーー当時(高校生)から、ゲームを仕事にしようと考えていたのでしょうか?

いえ、もともとは弁護士になろうと思っていたんですよ(笑)。当時はゲームが仕事になるとは夢にも思ってもみなかったし、そんな時代でもなかった。プロになりたい気持ちがあったものの、現在のようにゲームで生計を立てられるとは知りませんでした。なので、大学は法学部に進学し、弁護士を目指すようになったんです。

ただ、どうしても本気になりきれなかった。

ある日、授業の一環で裁判傍聴へ行ったことがありました。悍ましい光景です。裁判所の部屋の中では、「お前のことは絶対に許さない!」と一方が激昂し怒鳴りつけている向こう側で、他方は号泣しているんです。

そんな負のオーラに満ちた空間で、僕は仕事へのモチベーションを持つことが出来ませんでした。弁護士になることは愚か、法学関係の仕事につくことも諦めてしまいましたね。就職活動をして、内定をいただいていた会社に就職しようと考えていました。

でも、大学を卒業を間近に控えた頃になると、大学1年のときとは「esports」市場の様子が変わっていました。企業がesportsのムーブメントに乗っかり、市場に積極的に参入するようになっていたんです。

そうした背景を受け、いろいろ選択肢を考え直してみると、やはり高校時代に感じた“ゲームが与える感動”を忘れられない自分に気がつきました。「今度は自分が感動を与える側になってもいいんじゃないか?」そう思い立ち、“新卒プロゲーマー”になることを決めました。現在はプロチームに所属しながら、プロゲーマーを目指す学生が通う専門学校で講師をしています。

エンドユーザーの不満は、文化の醸成を阻害する

ーー「プロゲーマー」という職業の知名度が上がるにつれ、esportsが盛り上がってきているように感じますが、今後日本でもesportsの市場は拡大していくのでしょうか?

徐々に盛り上がってきているとは思いますが、これはもしかしたら、「バブル」という表現が正しいのかもしれません。

esportsの主役は、プレーをする「エンドユーザー」とプレーを観る「観戦者」です。彼らが熱狂すればするほど、市場は拡大していきます。ここまでは想像がつくでしょう。

海外では、大会の運営費・高額な選手の賞金を除いても、スポンサー料や放映権などから多額の利益が発生します。対して日本のesportsは、まだまだ投資フェーズといってもいいでしょう。海外の前例に習って、市場にお金が集まり始めています。

しかし、esportsに新規参入してくる企業の多くは、その先にある市場の“美味しさ”を求めているんです。日本では海外のようなesportsの「期待値」だけが注目されてしまいエンドユーザーや観戦者の充足をあまり考えられていない、「中身のない大会」が増えてしまっているんです。

たとえば、選手や観客の待ち時間がとても長かったり、演出にこだわりを感じられなかったり。そういった小さいところから伺えます……。“エンターテインメントとしてのesports”が欠けてしまった、「ただのゲーム大会」が散見されます。

もちろん、エンドユーザーと積極的にコミュニケーションをとり、意見を多分に取り入れているゲームも存在しています。今日本で流行っているゲームは、明らかにエンドユーザーの満足度を高めるための施策を打っています。

また、「esports」という言葉自体も、正しい定義や使われ方が必要です。僕たちからすると、「esports」は「スポーツ」と同程度の抽象度を持つ単語です。つまり、各ゲームによって、その中身は違うし、面白さも違う。

たとえば、僕のやっている『AVA』と『ストリートファイター』は、遊び方も面白さも別物です。なのに一緒のくくりで「esportsが盛り上がっている」と言うのは「最近、“スポーツ”盛り上がっているよね」と言っているのと同じ。

現在は「esports」という言葉だけが一人歩きしていて、競技一つひとつに焦点が当てられることはそう多くありません。『ストリートファイター』、『AVA』など、タイトルごとに認識してもらえないと、大きな市場にならないと思います。

少し古いですが、たとえば2004年のアテネ五輪では、41歳の選手がメダルを獲得しアーチェリーが盛り上がりました。「アーチェリー」という固有名詞がたびたび口に出されたことで知名度が広がり、結果としてスポーツ全体の盛り上がりにつながったんです。

もしそれを「スポーツが盛り上がっている」と形容してしまったら、結局アーチェリーのプレーヤーは増えなかったでしょう。「タイトル」として、競技の認知度が上がらなければ、市場は成長していかないのです。

ーー大会を主催する側は、利益ばかりを追い求めていると?

もちろん、それも大切なことなんです。ファミコンが世界を熱狂の渦に巻き込み、PlayStationがゲームで第一想起されるように、日本は言わずと知れたゲーム大国ですよね。だからこそ、その時代を知っている大人たちは「日本がesportsにおいて世界で劣る存在であってはいけない」と汗を流しています。日本を再び“ゲーム大国”に押し上げようとしていることには、僕も心から賛同しているんです。

とはいえ、時代はもう変わっています。ゲームが最初に盛り上がりを見せた頃、当時熱中していただろう世代は現在40代。彼らが想像しうるesportsは『ストリートファイター』などが代表的で、要するにオフラインから始まったゲームです。

しかし、esportsの主流はオンラインゲーム。動画配信を行うなどして、配信者にお金をペイするのが一般的になっています。ゲーム会社が市場を創った時代から、ユーザーが市場を創る時代へとパラダイムシフトが起きてるんです。投資フェーズにある日本のesportsは、若者のリアルな声を反映していかなければ市場を成熟させるのは難しいのに、エンドユーザーと主催者側の意思疎通が取れていない。

上の世代がその変化に気づき、ユーザーたちの背中を押す取り組みをしてかなければ、esportsは「バブル」で終わってしまいます……。

エンドユーザーを代表して、esports業界に一石を投じたい。「今こそ、立場を超えて手を組むべき」

ーー世代間の乖離をすり合わせていかないことには、esportsが盛り上がることはないんですね。

esportsを構成する要素には、選手や大会、お客さんが、スポンサーとさまざまあります。もちろん、誰が欠けても成立しません。

ただ、選手がいなければそもそも大会を開催することすらできない。そうした意味で、選手の満足度を高めることが最も重要なのではないかと思うのです。選手も一人のユーザーであることを考えれば、やはりユーザーが喜ぶことをしていかなければいけないと思います。

純粋に「ゲームが好きなエンドユーザー」、つまり選手の関心を、大会に傾けていく。そうすれば、市場は確実に成長していきます。しかし現状のような、マス向けに不満足な施策を打っているようでは、日本でesportsが盛り上がることは難しいかと思います。

ーー日本がesports大国になっていくためにはどうしたらいいのでしょうか?

オンラインゲームに触れたことのある20代の方たちは、ゲームに熱中していた当時プロゲーマーという職業が一般的ではないため、現在ゲームとは無関係の職業についています。ただ、彼らがある程度生活に余裕が出てきたら、esportsにお金を落としてくれると思うんです。きっと、ゲームに熱中した頃を思い出してくれる。

そうした時期を迎える前に、esports業界はユーザーたちが心から楽しめる環境をつくっていかないといけません。それこそが、発展の鍵です。

プレイヤーとしての楽しみと、それを観る観戦者の楽しみ、市場をつくる楽しみのどれか一つでも欠けてはいけない。esportsが駆け出しの頃は「メーカー様様、主催者様様」でしたが、これからは三者が手を組み、未来を描いていくフェーズに入っていきます。

三者が対等な立場にあるとはいえない現状があったため、プレーヤーや観戦者はなかなか声をあげられなかった時代が、終わろうとしています。だからこそ僕は、ユーザーとして、プロとして、esportsのあるべき姿を打ち出していきたい。今後10年、どのように若い世代と大人たちが手を組んでいけるかが重要になるのではないでしょうか。

取材後記

「大きな市場をつくるために、小さな一歩を踏み出した鈴木さんの背中を応援したい」。 これが、インタビューを終えた僕の、素直な感想です。

スポンサーの付くプロである以上、市場のあり方に疑問を投げかけることは簡単ではありません。しかし鈴木さんは、esportsの未来のために声を上げてくれました。それはきっと、ご自身がゲームに熱中した経験を持ち、今でもゲームを愛する一人だから。

彼の話を聞いて、ハッとした人も多いはず。「プロとして、esportsのあるべき姿を打ち出していきたい」と静かに語る彼の姿に、「このままではいけない」という危機感、そして「esportsを文化にしていきたい」という強い想いを感じました。

記事を書いてくれたひと

記事を書いてくれたひと:小原 光史|Mitsuhumi Obara

小原 光史|Mitsuhumi Obara

”94年、秋田出身。編集者・ライター。『SENSORS』や『COMPASS powered by GCP』などビジネス領域を中心に、幅広いジャンルで執筆しています。最近は『SUUMOタウン』など街情報についても。人肌のぬくもりを感じる文章が得意です。”

Twitter:@ObaraMitsufumi | Facebook:小原 光史
写真を撮ってくれたひと

写真を撮ってくれたひと:横尾涼|Ryo Yokoo

横尾涼|Ryo Yokoo

”写真の撮る際のコツやフォトスポットを紹介するメディアPhotoliの代表。写真を撮るときの悩みを全て解決し、クリエイティブを底上げするのが目標です。プライベートでは風景写真を撮りながらいろいろなところを旅しています。”

Twitter:@ryopg8 | Facebook:横尾涼

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