人材流動化の対極にある「終身雇用」を長らく続けてきた日本ですが、最近になってさまざまな企業のトップが「終身雇用の継続は難しい」と宣言するようになりました。しかし欧米のような流動性の高い働き方が日本で主流になるには、まだまだ時間がかかるでしょう。

2020年10月11日に開催された『ONE JAPAN CONFERENCE 2020』では、「令和時代の日本的人材流動化とは」というテーマでトークセッションを開催。令和時代の新しい働き方を体現している4名のゲストの方々に、日本で人材流動化を起こすための考え方やマインドを語っていただきました。

まずは、ゲストの方々とモデレーターがどのような働き方・取り組みをしてきたのか伺います。

 

篠田真貴子 / エール株式会社 取締役

私の職歴は、エール株式会社の前に5社。平成の時代からすでに流動性の高い働き方をしていました。現在は、取締役のほかにもいくつかの役割を持つパラレルワーカーです。

5年前に、『ALLIANCE アライアンス―――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』というアメリカのビジネス書の監訳を担当しました。この本では、企業と人の関係を「終身雇用」から「終身信頼関係」へアップデートすることの大切さが論じられています。出版当時は、日本で同様の事例があるか問われても答えられませんでした。

しかしこの5年で日本の雇用環境は大きく変化し、歴史ある大企業がアルムナイと組織的につながって交流を深めたり、出戻りを歓迎するようになった。まさに今、『アライアンス 』で論じられていたことが日本でも起こり始めているのではないかと感じているところです。

 

加藤健太 / 株式会社エンファクトリー 代表取締役社長 CEO

私は10年間リクルートに在籍した後、株式会社オールアバウトでメディアの立ち上げに携わっていました。そこから分社したのが、私が代表を務めている株式会社エンファクトリーです。

当社のユニークな点は、「専業禁止」という人材ポリシーを掲げていること。企業も人も、お互いのいいところを取り合おうという「相利共生の関係性」の考え方のもと、2010年から複業を推進していました。退職しても独立してもよし、片足は社外に置いて当社とのパラレルワークをしてもよし。そのように、緩やかに外側に開いた考え方の会社なんです。

この取り組みを10年続けており、社内で循環させられる仕組みも作っています。

この仕組みを運用しやすくするために「チームランサーエンタープライズ」としてサービス化し、企業に活用していただいています。

 

土井雄介 / トヨタ自動車株式会社、株式会社アルファドライブ 出向、A1-TOYOTA 発起人

私は現在、トヨタ自動車株式会社から株式会社アルファドライブに出向しており、企業内新規事業のサポートに携わっています。具体的な業務は、さまざまな企業の新規事業の仕組みづくりや事業化の支援です。

トヨタ自動車に入社後、いくつかの業務を経て今に至るのですが、実はこの5年で一度も部署異動をしていないんです。ひとつの部署にいながら、組織を超えて活動させて頂きました。たとえばA-1コンテストというトヨタグループ向けのビジネスコンテストを有志活動として共同で立ち上げたり、NPO団体G-Netと連携した「ふるさと兼業」という兼業推進の取り組みにも関わっています。

私のキャリアは「カイゼン」から始まり、新規事業の担当者としてプレイヤーになったり場づくりをしたりしてきました。そして今、社内初のベンチャー出向として色々なことにチャレンジさせてもらっています。今後はトヨタで学んだ「カイゼン」とゼロイチのイノベーションを掛け合わせて、ゼロイチも1を100にグロースさせることもできる最強の人材になりたいと思っています。

 

山本将裕 / 株式会社NTTドコモ、ONE JAPAN 共同発起人・共同代表

私のキャリアはNTT東日本からスタート。そこで10年働き、NTTグループの有志活動「O-den」やONE-JAPANの立ち上げに携わってきました。現在は、NTTドコモのイノベーション統括部で、新規事業インキュベーションプログラム「39works」の事務局を担当。その中で私自身も事業立ち上げを目指して活動しています。

有志活動を通して出会った仲間とともに、大企業×スタートアップのオープンイノベーションに取り組むためのプロジェクトを立ち上げ、予算をつけて組織化しました。38社のスタートアップと事業連携し、「スタートアップが選ぶイノベーティブ大企業ランキング」でNTT東日本は8位になるほど。

しかし、部署異動による上司との軋轢が原因で退職を決意。コロナ禍でフリーランスとして独立することになりました。独立後の半年間は、スタートアップ4〜5社をお手伝いしていたのですが、2020年9月にNTTドコモに入社。その後、NTTドコモがNTTに買収されたため、出戻りした形となりました。

現在はNTTドコモで働きながら、複業で新規事業の立ち上げのお手伝いもしています。スタートアップとも伴走しながら、大企業の中で新しいことを起こそうとしているところです。

 

西村創一朗(モデレーター)/ 株式会社HARES 代表取締役社長、複業研究家

2011年に新卒でリクルートキャリアに入社し、はじめは営業に配属。その後、新規事業開発、人事採用に携わってきました。複業をスタートしたのは入社3年目のとき。この複業がきっかけとなって、ずっと望んでいた新規事業部門への異動を果たすことができたんです。

その成功体験を土台に、「二兎を追って二兎を得られる世の中を作る」というビジョンを掲げ、会社員時代の2015年にHARESを創業。2016年にリクルートキャリアを退職し、2017年1月に独立しました。

現在は「複業研究家」としてだけでなく、人と事業の化学反応を促進する触媒となる「カタリスト」としても活動しています。

 

現在の「働き方」を選んだ理由と背景

ジョブレス、複業、出戻り……多様な働き方を選んだゲストの方々は、どのような背景でその道を選んだのか。これまでの経歴と合わせて語っていただきました。

(以下、敬称略)

 

西村:篠田さんは新卒で日本長期信用銀行に入行後、留学や転職など紆余曲折を経てこられました。直近ではほぼ日で10年働いたのち、1年3ヶ月のジョブレス期間をあえて宣言された。これはなぜでしょうか?

篠田:自分が何をやりたいのか、一度立ち止まって考えてみたかったんです。「何ができるか」は分かっていたので、それとは別の軸を見つけたかった。ほぼ日までの転職は、「目の前にある選択肢の中からベターなものを選ぶ」「飛んできたボールを掴む」という感覚でした。そのため今回は、ほぼ日を卒業することもジョブレス期間を設けることも、自分で決めたのです。

あえてジョブレスとすることで、自分発の視点に加え、「私自身が実現したい世界に向けて1ミリでも貢献するためには、どこに身を置くのがベストなのか」という世の中から見た自分という視点を手に入れることができました。その視点を獲得するまで、そして自分の中で消化するために1年3ヶ月という期間が必要だったんです。

西村:ジョブレス期間を過ごすことで、新たなミッションが見えてきたのでしょうか?

篠田:見えてきました。私はさまざまな組織で働いてきた中で、人と組織の関係について興味を持つようになっていたんです。仕事をしていなくても、気づけばそれに関連した書籍を読んだり文章を書いたりしていた。「私はこの分野で仕事をしたいんだな」ということが、ジョブレス期間でクリアになりました。

これまで20数年働いてきて、組織に所属しないことも初めてでした。組織の看板がない自分が何者なのかを改めて感じられたのは、すごくよかったですね。

西村:山本さんがNTTに出戻ろうと思った理由は何だったんでしょう?

山本:大企業が持っているリソースを使って何かをする、ということにもう一度チャレンジしたいと思ったからです。NTTを退職する前は、自分のスキルや成し遂げたいことが見えなかったので、一度外に出て自分の出せるバリューを確かめるようと思いました。それによって、大企業の潤沢なリソースやその中で自分のバリューを出すことの魅力を再認識したんです。

西村:一旦外に出たからこそ見えた大企業の課題もあったのでしょうか?

山本:大企業のスピード感や行動力は、スタートアップに比べると足りないなと感じました。特に私が独立したのはコロナ禍だったので、スタートアップは危機的な状況。そのお手伝いをしながら感じたヒリヒリするような危機感も、大企業では感じにくいことですね。私が外で体感したものを大企業に持ち込みたいなと考えています。

西村:土井さんがトヨタ自動車を辞めずに出向した背景を教えてください。

土井:もともとトヨタの中で自由に動かせてもらっていたんですが、新規事業の立ち上げに携わる中で「なかなか進まないな」と感じるようになりました。とはいえ、ボトムアップで事業を立ち上げていくノウハウを社内で得ることは難しかった。

そんなフラストレーションを抱えていたとき、のちにアルファドライブを創業する麻生要一さんと出会ったんです。彼が「すべてのサラリーマンは社内起業家として覚醒できる」と言っているのを聞いて、私が抱えていた課題を解決できると直感したんです。そうして社内のさまざまな方に尽力いただき、アルファドライブに出向させてもらうことになりました。

西村:今でこそ複業がひとつのムーブメントになっていますが、他社に先駆けて「専業禁止」を掲げ、60%もの社員が複業しているエンファクトリーさん。なぜ専業禁止を掲げたのでしょう?

加藤:「やりたいことがあるならやったらいい」というのが専業禁止を掲げた大きな理由です。できる限り社員一人ひとりが望むステージに合わせた機会を提供しようとしていますが、すべてに対応するのは現実的に難しい。その中でフラストレーションを溜めるよりは、望む機会を外で手に入れたほうがお互いにとっていいと思ったんです。

また、当時はリーマンショックの影響が残っていて景気も回復しておらず、暗い世の中でした。会社も変わらないといけなかったし、個人も自立する力が求められていた。だからこそ、社員が自らキャリアを見つける力を会社も応援すべきだとも考えていたんです。

西村:社員が複業を実践したことで社内にどんな影響がありましたか?

加藤:複業では「ミニ経営者」として多くのことを実践的にやらなければならないため、社員は世の中の仕組みを知ることができて視座が上がりました。また、外に触手が伸びるので、いろんな情報が循環するようになる。そうすると、社内で結節点ができて新しいことが始まったりアイデアが生まれたりと、会社にとってプラスになりました。

当社の複業のルールは一つだけ。「みんなにオープンにしよう」というものです。このルールのおかげで一層情報が循環しやすくなっているようにも感じます。

 

「働き方の選択肢」を広げるためにどうすればいいか

10年前には考えられなかったような日本的人材流動化が起きている今ですが、まだ当たり前の選択肢とは言い難い。複業や転職を一般化するためにはどうしたらいいのか、ゲストの方々に伺いました。

 

西村:土井さんは、トヨタ自動車という歴史ある企業の中で「ベンチャーへの出向」という切符を手に入れました。本業を辞めずに複業にチャレンジするという選択肢が増えるためには、どうしたらいいと思いますか?

土井:働くことが「ゼロか100か」というようなデジタルな世界観ではなく、アナログ的にグラデーションしているのだと捉えることが一番大事だと思います。私はもともと有志の活動をしていたことがきっかけで今のキャリアを歩んでいます。つまり、時間外で趣味でやっていたことが、徐々に本業や複業・兼業へと変化していった。有志の活動が収益化できるようになり、それを本業に還元できると社内で認められたからこそ実現したキャリアです。このように「仕事はグラデーションである」という考えを持つだけで、選択肢は増えると思います。

ただし、自分の本業に還元しているかどうかが重要です。私は先輩方の助言もあって、本業で120%成果を出せるように意識していたので認められたのかなと思っています。本業にコミットすることもポイントだと考えています。

西村:山本さんは退職して半年でNTTに出戻ることになったわけですが、「退職者=裏切り者」というイメージは根強いですよね。その中で出戻りを一般化するためには、何が必要だとお考えですか?

山本:誰かが「出戻る」という事例を作ることが必要でしょうね。私はO-denという有志活動でアルムナイと接する機会が多かったので、誰かが前例を作ることの重要性を感じたんです。だったら自ら率先してやってみよう、という思いもあって出戻りを決意しました。

大企業で働く人の多くは、「自分のキャリアは人事が選んでいる」という感覚を持っています。しかし、キャリアの主軸はあくまで個人なんです。それを私が体現することで、選択肢が広がるんじゃないかと考えています。

西村:退職後も企業と人が信頼関係を築き、積極的なアルムナイ採用が増えるようになるには何が必要なのでしょうか?

篠田:信頼関係を築くためには、企業側が「自分たちの事業に最適な人たちはどんな人か」「その人たちとどうやって出会うか」「その人たちに長く活躍してもらうためにはどうしたらいいのか」という問いを立てることに尽きると思います。

近年、官庁や伝統的な大企業において中途採用した人は定着しづらく、新卒で入社して辞めた人を「出戻り」の形で中途採用したほうが企業にフィットしやすいということが分かり、アルムナイ採用の流れが生まれています。

特にイノベーションを起こそうと思ったら、内と外で異なる文脈をつなぐことが重要です。しかし、社内にしかいた経験がない人は外の価値観が分からず上手くつなぐことができません。アルムナイは、社内の事情も分かっていて社外のことも知っている。いいつなぎ役になってくれる可能性があるわけです。

変わりゆく事業戦略とともに人材戦略も変えていかなければならない。それを多くの企業が理解することが必要でしょうね。

西村:「専業禁止」を掲げる加藤さんは、副業解禁・複業促進を加速させるためには何が必要だとお考えですか?

加藤:経営者の方々の考え方や企業の風土が変わっていくことが必要だと思っています。そうしなければ、経営側がアクセルを踏むことはない。時間はかかるでしょうが、大企業での成功事例がもっと世に出れば、副業解禁・複業促進は徐々に進んでいくのではないでしょうか。

 

Q&Aセッションとゲストからのメッセージ

最後に、イベント参加者から寄せられた質問に対しての回答と、これから複業を考えている人たちへのメッセージをいただきました。

 

――パラレルキャリアで働く上で、タイムマネジメントの工夫をされていれば教えてください。

山本:会社にも説明できるよう、本業と複業の時間はきちんと切り分けています。複業の仕事をするのは、本業の時間外です。最近はテレワークの方も増えていると思うので、朝晩の通勤時間が浮いているはず。その時間を複業に充てるのもいいと思います。

――複業で活躍しながらも、本業の仕事にコミットできるモチベーションは何ですか?

土井:ひとつは、「新卒のときに自分で選んだ会社だ」という想いがあるからです。トヨタ自動車は「産業報国」を掲げ、産業を通して国に報いるという世界観を持っています。このような話は、ベンチャーやコンサルティングファームではあまり聞かない。ここで仕事をすれば、国や世界を変えられる、と思って入社を決めました。その想いと自分で意思決定したという事実があるから、この選択を正解にしたいと思って仕事をしています。

もうひとつは、上司や他の部署の方などたくさんの方に助けてもらって今のキャリアがあるので、恩返しをしたいという想いがあります。それが本業にコミットするモチベーションです。

山本:私もNTTに対しては、自分のビジネスの基礎を作ってくれたことに対する感謝の気持ちがあります。加えて、私が理想とする世界の実現のために大企業のアセットを活用したいんです。この会社に眠っている多くの武器を使いこなせるようになりたい、というモチベーションで仕事をしています。

――育児こそパラレルワークだと思うのですが。

篠田:育児をすると、本当にマネジメント力がつきます。「子供を保育園に預けてまでする仕事って何だろう?」と、仕事へのモチベーションを問い直すきっかけにもなりますね。決して育児は、仕事ができないマイナス期間ではありません。育児を頑張っている方が近くにいたら、応援してほしいなと思います。

――最後にメッセージをお願いします。

篠田:日本型雇用と呼ばれる終身雇用ですが、実はそれを享受しているのは人口の2割なんです。ではなぜ終身雇用に縛られているのか。それは、法律よりマインドの影響が大きいと思っています。何かひとつ行動を変えてみると、マインドは変わる。ひいては日本も変わるのではないでしょうか。

山本:「複業してみたいけれど会社的にどうなんだろう」と心配している人も多いと思います。それならば、まず個人事業主として開業してみるといい。仕事先のあてがなければ、仕事と人をつなぐプラットフォームなどに登録するのがおすすめです。まずは動き出してみてください。

土井:私がトヨタ自動車でこうして自由に動けているのは奇跡的なのですが、ある一定以上勝手に動けば実現できることでもあります。ここを理解することが大事。お伺いを立てたらNGになってしまう部分も多分にあるので、有志で勝手に動いて結果を出し、それをロジック立てて説明するんです。そうすれば認められます。企業に所属した人間がグラデーションを持った働き方をすれば、日本のGDPは確実に上がる。つまり、皆さんの一歩が日本を救うのです。ぜひ一緒に踏み出しましょう。

加藤:当社では「相利共生」という価値観を共有しています。言い換えると「いいとこどりをしよう」ということ。会社のいいところを踏み台にしてほしいんです。「2-6-2の法則」がありますが、このイベントに参加しているのは上位2割の方々でしょう。私はその次の6割の方々が動けば世の中が変わると思っています。会社の風土や空気を変えるにはどうしたらいいのか、皆さん自身で考えてみてください。

 

文:矢野 由起

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