「多様性」は、今の若者が大好きな言葉のひとつ。でも僕たちは、「多様性」という言葉の意味を、深くは考えていないのかもしれません。

多様化が進むのとは一方で、未だに「あの人はこんな人」と一般的なステレオタイプで括られてしまうことで、ありのままでいられない人たちがこの世にはたくさんいます。世代、性別、国籍などで、僕たちはまだまだ多様性を「白」「黒」と色のように、ハッキリさせようとしがちです。

そんななか、「サイパンで育った日本人」として東京に法人を設立するのは、ウクレレ奏者のSHINさん(本名:木村新)。

18歳で日本の早稲田大学に進学し、新卒でIT企業のレバレジーズに入社。在学中は、ウクレレとヒューマンビートボックスのユニット『ninja beats(ニンジャ ビーツ)』を結成、ほどなくしてバンドの世界大会「EMERGENZA Music Festival」で優勝。文字通り“忍者”のように、どこからともなく現れ、数万組の中から世界一の称号を勝ち取りました。

そんなSHINさんが、レバレジーズを卒業して設立する会社が合同会社 「Fullest」です。Fullestは、木村さん自身のアーティスト活動やウクレレスクール事業のほか、プロモーション企画や旅行会社と提携したツアープランニング、ウクレレ専門のメディア「Ukulele Liberty」などを幅広く展開。ウクレレ奏者としての活動に留まらない、「ウクレレが軸の総合会社」です。

サイパンにルーツを持つ彼が、何を思い日本に来て、会社を設立するのか。それまでのストーリーを聞きました。

サイパン育ちが噛みしめる「日本人」のアイデンティティ

ーもともと、サイパンでもプロのウクレレ奏者として活動できるくらいの腕だったと聞いています。あえて日本の大学へ進学し、就職活動をしたのはどうしてだったのでしょうか?

実は、学生時代の大半は「ウクレレではないこと」に費やしていて、就職活動の時点では演奏活動で生計を立てることへの意義があまり見い出せなかったのです。

むしろベンチャー企業でインターンをしたり、当時流行っていたビジネスコンテストで自分なりのビジネスを提案したりと、いわゆる「意識の高い学生」だったと思います。

少し話を遡ると、18歳で早稲田大学の国際教養学部に進学したのは、それまでの自分のアイデンティティと向き合う意味でもあったんです。

10歳からウクレレを弾き始め、高校生になる頃には既に「プロのような活動」はしていました。でもサイパンでは、どんなにウクレレを上手く弾けたとしても、ウクレレが上手い“日本人”として見られてしまう。

差別まではいかないにしろ、距離を置かれている。「日本人は感情をあまり表に出さない」という周りからのステレオタイプもあり、内心楽しくても、恥ずかしさからいつも無表情で演奏してました。

そういう体験から「自分は日本人である」自覚が常にあったので、高校卒業後は日本で勉強することに決めました。ところが今度は、日本では“サイパンで育った、ウクレレの上手い人”と見られる。

同じウクレレを弾いても、サイパンで弾くと静かな日本人で、日本で弾くと陽気なサイパン人。ウクレレを弾けば弾くほど、自分が一体何者なのかわからなくなってしまい、ウクレレに触れること自体が苦しくなってしまいました。

両親が日本人だから日本語が話せるとはいえ、日本社会で生活するのは初めて。振り返ると、皆の輪に入ろうとあえて大好きなウクレレを遠ざけて、“サイパンっぽさ”を消そうともがいていた時期でした。インターンやビジネスコンテストに精を出していたのはそういう理由です。

あえて就職活動をしてウクレレを遠ざけていたのは、自分にとってのわかりやすい逃げ道だったのだと思います。

ーでも、インディーズの世界大会で優勝した「ninja beats」は、在学中に組んだバンドですよね。ウクレレをもう一度本格的に始めた理由はどうしてだったのでしょう?

でも、やっぱりウクレレは大好きだし、弾き続けたかった。軽音サークルに所属して、趣味レベルでも弾いていたのがその証拠かもしれません。就職活動中も弾いてたし、面接に遠方へ行く時も必ず持ち歩いていた。

実際、心のどこかで「就職活動を早く終わらせて、学生生活最後の一年くらいありのままの自分を貫き通してみたい」と思っていました。「ウクレレを弾きたい気持ち」に嘘をついていた自分を変えたい。

そのときに偶然舞い込んできたチャンスがインディーズバンドのコンテスト「EMERGENZA Music Festival」だったんです。

海外の「Cool」と日本の「狙いすぎ」を調和させる

ーninja beatsとして大会に出る際に「これだけは達成したい」目標はあったのでしょうか?

「やるからには世界を目指す」。これは、出場前から相方と決めていたことでした。

世界大会に出るためには、国内の大会を勝ち抜かなくてはいけない。つまり、世界で勝てることを日本で証明しなければいけません。

世界で勝つため、「和」と「洋」の両方の感覚を音楽性に落とし込むことを意識していました。日本社会で育った方だったらきっと、バンド名に「忍者」のワードを入れることを躊躇するかもしれません。

自分でも、“日本人としての僕”は、バンド名の「ninja beats」は狙いすぎだと思います。黒装束にマスクをしている衣装も、和を強調し過ぎている感じが否めない。

でも、“外国で育った僕”からしたら、「すごいcoolじゃん」って思うんです。これはサイパン育ちの帰国子女の自分ならではの“勝算”です。

ninja beatsではウクレレを三味線と同じチューニングだったり、和を取り入れた音階にしていますが、ウクレレの音を電子音に加工しヨーロッパでウケるEDMの要素を取り入れたりもしています。

つまり、「和・洋と区別するのではなく、両方ある」をバンドに組み込めたからこそ、成立するコンセプトなんです。だからこそ、結果的に前例の無いスタイルの音楽が生まれて、世界大会で優勝することができた。自分のなかで「両方あって良いんだ」とアイデンティティに納得感を持てたんです。

ninja beatsは「サイパンで育った日本人」ならではの音楽、つまり、自分の「ありのまま」が現れています。世界大会の優勝は社会人になってからだったので、そのときから独立して「ウクレレ」を軸に活動することを考え始めました。

ウクレレを弾くのは、「コーヒーを飲む感覚」で

ー独立を考えた際に、「個人」ではなく「法人」で音楽活動を続けようと思ったのは、どうしてですか?

一言で言うと、僕個人としてではなく、社会全体で実現したいビジョンがはっきり見えたからです。

世界大会で優勝したときに、皆に「ウクレレでそんなことができるんだね !」と言ってもらえて、ウクレレの「魅力」をより広めていきたいと思うようにもなりました。

ウクレレのイメージはまだ浸透していませんが、実はとても“身近に感じられる楽器”なんです。楽器って「極めたい人」がお金がかかる前提で手にするものだと考えられがちですが、ウクレレは数千円から買えます。

音には癒しの効果があるので、行き詰まった時にふと取り出して「ポロン」と鳴らすだけで良い。まるでコーヒーを飲んで一息つくような感覚です。それくらい、気易い楽器です。

実際、僕のスクールは「音楽がやる」目的で来る人があまりおらず、「趣味がないからつくりたい。」という人が多い。極端に言えば、週末の過ごし方を聞かれて答えられないことに、引け目を感じている人。

でもそういう人たちほど、「始めてから生活にメリハリがつくようになった」と言ってくれたりする。「仕事で疲れて家に帰ってきても、少し弾いたら癒された」とか、「練習してたら楽しくなって動画で撮ってみました」とか、そういった声を聞けるだけで僕は本当に嬉しい。

極論を言うと、僕がウクレレを教えて、生徒が弾けるようになることで幸せな人生を送れるなら、僕は「死んでも良い」と思っています。「ウクレレが生活にあるだけで、仕事も頑張れるし、プライベートも楽しくなる」ような体験を誰かのためにつくれたらいい。そんな想いを会社として実現しようと思うんです。

それと同時に、多様性を認めることによって誰かの人生の価値を最大化させたい。自分と他人の違いを「異質」なものとして押し殺すのではなく、視点を変えて「強み」として活かす。

僕は「サイパンで育った日本人」をありのままに表現したことが、自分の存在価値を最大化させてくれた。同じように、多様性を活かすことでその人にしかできないことが生まれる。

なので、会社名は「Live your life to the fullest(自分の人生を最大限に生きる)という英語の格言からもじって、「Fullest」と名付けました。

変な話、必ずしも事業がウクレレにまつわるものでなくても良いと思っています。ウクレレ関連の事業はあくまで僕や僕の生徒達が人生を最大限に楽しむための手段。

核になるのは、関わる人がそれぞれの人生を目一杯生きるようにすることです。実際、美容室向けの映像制作事業や、イベント制作などもすでに行っています。アーティスト支援なども今後はやっていきたいですね。

100年続く会社にするために、今日もウクレレを弾く

ーこれから「Fullest」をどんな会社にしたいですか?

寂しい表現ですが、最終的には「僕がいなくなっても続く会社」にしたいと思っています。

新卒でレバレジーズに入社した頃、社内報で「社長が新卒社員からの質問に答えるコーナー」がありました。今でも覚えているのが、そこで誰かが「明日死ぬならなにをしますか?」と質問していたこと。

質問に対する社長の答えは、「これから会社がやるべきことを全てノートに書き出して、自分がいなくても回る状態で死ぬ。」こと。「ここまで言い切れるのはなぜなのか」を考えたときに、組織の理念を実現させたいがゆえの答えだと感じました。自分の死を差し置いても、レバレジーズの社長は企業理念を追求する。素敵ですよね。

自分も、“想い”が投影された企業体が、自分なしで長い間続いていくようにしたい。理念がしっかりしていれば、それを証明できるはず。

自分のアイデンティティへの悩みは、もう無いんです。だってこれは、サイパンと日本の両方で育った僕だからできることだし、僕がいなくなっても「誰かの人生の価値を最大化させる」ことを仲間がきっと続けてくれる。これからは自己の証明ではなく、社会へ働きかけることが企業として果たす責任です。

100年後「Fullestに関わる人たちが人生を目一杯生きることができる」という企業文化が会社に残っていて欲しい。そのために、まずは僕が先陣を切って自分に正直なことを目一杯やる。だからこそ、僕は今日も明日も、ウクレレを弾きます。

取材後記

新さんと話してみるとわかるのですが、18歳までサイパンで育っているのに「帰国子女っぽさ」がまったくない。話す日本語に少しも訛りがなく、カフェでは日本語のビジネス本を読む。野球の話で盛り上がって、「PL学園」の話とかしちゃうくらい。

裏を返せば、「日本」のアイデンティティと向き合うために、本人の多大な努力と葛藤があったということ。「身近な人の多様性をわかりきれていない自分」に気づき、サイパン育ちの日本人が、ウクレレの会社を東京に立ち上げる理由を取材させていただきました。

アイデンティティの葛藤を乗り越え、多様性を強みに変えた新さんがどんな会社をこれからつくっていくのか、本当に楽しみです。

写真:小野瑞希@onomijuki

【Ukulele Liberty Academy (ウクレレリバティーアカデミー)】
レッスン場所:渋谷、代々木、その他

レッスン料金:クラスによって変動あり。詳細は下記サイトをご覧ください。

ウェブサイト:http://www.ukuleleliberty-academy.com/

お問い合わせ:ukuleleliberty.official@gmail.com (担当 吉田)

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この記事の作り手:奥岡権人 / KentoOkuoka

奥岡権人 / KentoOkuoka

“「HARES.JP」は、小さな世界をつなぐコミュニティメディアです。世界に無数に存在する小さな組織をメディア(媒介)として引き合わせ、新しく小さなコミュニティをつくる。「大事にしたかったけど、今までできてなかったこと」を記事として発信し、利己と利他、仕事と家庭、経済合理性と幸福など、対極にあるものの“両方”を大事にできる世界をつくります。”

Twitter:@ketokunsan | Facebook:奥岡 けんと

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