突然ですが、AIが発展した時代に「先生」は必要なのでしょうか?

2045年、機械が人間の脳を超える「シンギュラリティ」を迎えます。あらゆる言語での自然言語処理が進み、世界中の知識がデータベース化される未来もそう遠くはないでしょう。

そんななか、元リクルート社フェロー・現奈良市立一条高等学校校長の藤原和博さんは、「先生の仕事はなくならない」と断言します。

本記事は、9月24日に行われたイベント「先生の学校 #1周年 Think Day~未来の私を考える日~」を取材したものです。

AI時代に必要な教育と、僕たちが次の世代に教えられることとは。藤原さんにお話を伺いました。

50億人がスマホで繋がる時代、虹彩と信用が紐づくように

藤原さん:今年の2月「10年後、君に仕事はあるのか?」という本を出版しました。本はまるで高校生に語りかけているような文体ですが、実は「その親」と「先生」に向けて書いています。

AIやロボットが発展する中で、今まで通りの仕事はできなくなるでしょう。先生の仕事は無くならないと思いますが、働き方や求められることは大きく変わる。今日は、そんななかで「どのような力が大事になるのか」を一緒に考えていただきたいと思っています。

藤原さん:皆さんにはまず、僕が奈良市立一条高校で校長として入学式で投げかけたお題、「この10年での最大の社会変化は何か?」を一緒に考えてもらいたいと思います。

今、皆さんは「少子化」「高齢化」「インフレ」といろいろ考えてくれたと思いますが、それらはすべて国内での問題で、世界を揺るがすような変化ではない。

ピンと来ないかもしれませんが、答えは「世界の50億人がスマホを持つ」ことです。

皆さんの知らないところで、スマホを使った信じられないことが起きています。たとえばインドでは、政府が国民12億人のIDを虹彩認証と指紋認証でとり、クレジットの情報を紐づけることに成功しました。

ある人がマンションを買うために、3000万円を銀行に借りに来たとしましょう。銀行員がその人にiPadを向けて目の写真を撮ると、今までの借入・返済の履歴がすべてPCのスクリーンに出る。

つまり、未来ではこれが世界規模になる。スマホが普及するということは、「50億人の脳が擬似的につながる」ことなんです。

ロボットが持つのは、“目”だけじゃない

藤原さん:スマホで繋がったネットワークで、AIを搭載したロボット同士もつながるようになります。

今、家で「ルンバ」を使っているって人どれくらいいますか?

この会場で恐らく、5%くらいはいました。一般的に、7%を超えると普及するのがとても速くなります。「自分の知り合いに必ず一人使っているやつがいる」「ルンバを使うと掃除が楽だ」と噂が広まると、あっという間に15%くらいになり、臨界点に達します。

あと数年もしないうちに、あの掃除機はカメラを搭載し、“目”を持つようになるでしょう。 外出先から、家の中を見ることができるようになる。“手”がついて収納できるようになるかもしれない。すると、掃除だけではなく、留守番やお守りも兼ねるロボットになります。

冷蔵庫や洗濯機も進んでいますよ。今の冷蔵庫はバーコードを読んで、賞味期限切れを教えてくれる。そのうち、賞味期限が切れたものを勝手に廃棄し、買い足しておいてくれるようになるでしょう。基礎技術はもうできているので、あとはコストを低くできるかの問題です。

AIを搭載したロボットが50億人と繋がったら、当然、人間の仕事を奪っていきます。人でなければできない仕事はむしろ残っていきますが、9割は影響を受けざるを得ないでしょう。

「今の子供たちは将来、ロボットと共生する」なんて言いますが、それは嘘です。今、もう始まっていますから。

未来の変化は、“街並み”には現れない

藤原さん:子供たちに「AIやロボットが仕事を奪う」という話をしても、「は?」と返されます。つまり、生活にAIやロボットが浸透しているから、突然「奪う」と言われてもピンと来ないんです。

僕らの世代は、図の左側の社会で育ちました。少し先の未来が、高速道路や高層ビルといった”モノ”として、目の前に開かれているんです。だから、夢をわかりやすくイメージできた。

藤原さん:でも、これからの子供たちは図の右側、つまり、「変化がコンピューターの中で起きている未来」を生きることになるでしょう。

大事なのはコンピューターの中で起きているから、変化の巨大さがが見えないこと。だから、子供たちは夢をイメージしづらいんです。

10年後に五反田(当日の会場)に来て駅前を見渡しても、街並みは変化していないでしょう。30年経っても、映画のような「ビルの壁を車が走っている」ような光景を見ることはできないと思います。

でも、AIの発展で“見えていないところ”はガラリと変わってしまいます。

医者の「診断」の仕事は、医者よりも、「多言語で症例がデータベース化しているAI」の方が診断の精度も、処方する薬の正確さも上でしょう。人間がやるべきではないものは、ロボットがやったほうが良いんです。

「存在してるだけで癒される人」になれるか

藤原さん:「人間にしかできない仕事はなにか?」を突き詰めて考えていくと、「人間とは、どうあるべきか?」が見えてきます。僕の著書で、「生きる力の逆三角形」と示しているのが下の図です。

なくなりづらい仕事をするためにどういう力をつけるべきかと聞かれたら、明確に「情報の処理力」「情報編集力」、「基礎的人間力」の3つと答えます。


藤原さん:学校の中で得られるものは、教科の学習を通じて情報処理力を磨くことです。正解のある問題に対して、正解を当てる力。この力があれば、サラリーマンになってからも処理的な仕事を任すことはできます。

それに対して、成熟社会に入ると“板挟み問題”があります。「こっちをとると、あっちがとれない」みたいな「正解がない」問題を解かなくてはいけない。高齢化社会も、いじめの問題にしてもそうです。その際、「自分と関わる他者が納得できる解を紡げるか」という「情報編集力」が大切になってくるわけです。

遊びのリテラシーが高いと、情報編集力も高くなります。遊びには想定外の問題がつきもの。「10歳ぐらいにどれくらい遊んだか」が大切になってきます。

基礎的人間力には、体力や忍耐力、精神力といろいろな構成要素があります。これはほとんど、家庭教育で身につけるものです。学校の学級活動や部活を通して強化することはできますが、基本的な人間力の51%以上は家庭で養われるものだと思います。

藤原さん:ロボットが奪うのは情報処理系の仕事。故に人間しかできない仕事として、基礎的な人間力にもう一度フォーカスが当たっていきます。また、複雑な問題をある種の勘で解決したり、”板挟み問題”に対して納得解を出す情報編集力がしばらくは求められるでしょう

“しばらくは”と言ったのは、AIも急速に自分で学ぶ力を身に着けておりますので、もしかしたら、15-20年くらい未来には、情報編集力も相当な部分、AIに取って代わられるのかもしれません。しかし、当面は情報処理から、情報編集への流れを作らないと既存のロボットに仕事を奪われてしまいます。

僕はロボット社会が進めば進むほど、それまでは「力」と言われなかったものが注目されていくと思います。例えば、「微笑むだけで幸せをくれる」「存在そのもので癒される」優しい人こそ、機械では代替できない。

 

藤原さん:オックスフォードの調査で一番最初になくなる仕事だといわれているのは、列車の運転手。でも、列車の「車掌さん」は、実はなくなりません。

先日、東京に向かう途中で、新幹線が急停止したことがありました。「号車で、気分の悪くなったお客様がいらっしゃいます。医師をされている方はいらっしゃいますか?」と車掌さんがアナウンスし、最終的には途中駅で停車することになったんです。

まさにこれが「ロボットにできない仕事」です。ロボットが列車内の急病人に対して臨機応変に対応するには、膨大な量のセンサーが必要。つまり、人をひとり雇う方が、コストがかからないんです。

“未来の授業”では、生徒の「眠い」が先生にフィードバックされる

藤原さん:日本の教育はこれまで完全に情報処理力による正解主義だったのですが、総じて、情報処理力と情報編集力の割合を7対3くらいにしましょう。

小学校の教育は、これまで通り情報処理力が9割で良い。むしろまだまだ詰め込めると思います。中学校は情報処理力が7割と情報編集力が3割、高校は半分ずつ程度のカリキュラムにしたい。大学は、完全に情報編集力を高める授業中心で良いでしょう。

藤原さん:情報編集力を鍛えるには、皆でやる必要があります。ひとりで考えても出ないことを出すものなので、「ブレインストーミング」や「ディベート」をやるんです。

たまに、ICTで生徒に見せたい動画を見せることを「アクティブラーニング」と呼ぶ学校がありますが、それは完全に「パッシブ(=受け身)」です。画像が動いているだけで、生徒の脳はアクティブになっていない。

つまり、これからの授業では「生徒全員が脳を働かせ、自分が持つ情報を先生に逆流させる」ことをやらなければならない。

一条高校では、ICTを使って生徒からスマホで授業への意見をとっています。URLを作り、そこに生徒から30字以内でアイディアをリアルタイムで投稿してもらうのです。なにが良いかというと、投稿は匿名なんです。だから、生徒は気軽に投稿できる。

中には、「眠い眠い眠い眠い眠い」と書いてあるものもあります。でも、僕はそれを見てすごいなと思いました。生徒は自分の気持ちをリアルタイムで表現しているんです。

もしそれを投稿する場所がなかったとしたら、他のことをやるでしょう。前の人の席を蹴ったり、教室を出てしまうかもしれません。

全員に案があるんです。それを出してもらわないといけない。

AIがつくるカリキュラムに、人間が勝てること

藤原さん:僕は「先生」という仕事はなくならないと思っています。

「知識を教える」ことについては、ロボットやAIが仕事に入り込んできます。ロボットが英語の発音を教えたり、自らカリキュラムを作ったりするでしょう。

でも、「学ぶことの喜びを教える」ことは、人間の先生にしかできないんです。

僕が、杉並区立和田中学校の校長をやっていたとき、隣の和田小の校長を訪ねたことがありました。和田小の校長は生物の教科書を執筆するくらい、とにかく虫が大好き。なんでも、卵からエンマコオロギを還そうとしているらしく、校長室に虫かごが40個くらい積み上がっているんですよ(笑)。

娘と和田小学校の運動会に行ったときのことを今でも覚えています。その校長が「廊下の蛹(さなぎ)が、あと少しで蝶に羽化するよ。」と言うんです。半信半疑でしたが30分ほど待ったら、本当に僕の目の前で蝶になって飛び立ち、僕の膝に止まったんです。今でも娘は、あの時のことを、僕に話してくれる。

つまり、「生物を好きで好きで仕方ない」ことが、周囲に伝わるんです。AIがいくら最高のカリキュラムを作ることができたとしても、学ぶことの楽しさを教えることはできない。

これからの先生が果たす役割は、口で勉強を教えることではなく、学ぶことの楽しさを生徒へ「伝染」させること。数学でも、古典でも、なんでも良いです。学ぶことへの好奇心を持ち続け、喜びを伝染させていって欲しいと思います。

取材後記

思い返すと、なにかに興味を持って没頭していたときは、いつも「誰かのようになりたい」という気持ちがあったように思います。

「英語の先生のように、英語を流暢に喋れるようになりたい」、「憧れの先輩のように、テニスで勝てるようになりたい」、どんな小さな感情でも起点になっていたのは、教科書ではなく、人。

インターネットによって、学ぶ場所は増えました。世界の叡智をGoogle検索でヒットさせることができる。理論上は、すべてインターネットで済ませてしまえばいい。

それでも僕たちが「人から学ぶ」にこだわりたいのは、藤原さんがおっしゃった「学ぶ喜び」を知りたいからなのだなと思いました。

この記事のつくり手

この記事の作り手:奥岡権人 / KentoOkuoka

奥岡権人 / KentoOkuoka

“「HARES.JP」は、小さな世界をつなぐコミュニティメディアです。世界に無数に存在する小さな組織をメディア(媒介)として引き合わせ、新しく小さなコミュニティをつくる。「大事にしたかったけど、今までできてなかったこと」を記事として発信し、利己と利他、仕事と家庭、経済合理性と幸福など、対極にあるものの“両方”を大事にできる世界をつくります。”

Twitter:@ketokunsan | Facebook:奥岡 けんと

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう