「アスリートとして生計を立てるには、その道一本でいかねばならない」という考えは、もう過去の常識です。

サッカー日本代表の本田圭佑が会社経営をしていますし、プロバスケットボール選手の岡田優介さんは公認会計士をしています。アスリートのセカンドキャリアは少しずつ、広がりをみせる時代になってきているのでしょう。

今回HARESがインタビューするのは、フィンスイミング日本代表として競技人生を歩みながら、出版社に勤務する柿添武文さん。

アスリート兼会社員と聞くと、実業団に所属する選手を思い浮かべますが、柿添さんがフィンスイミングを始めたのは大学卒業後。会社員と平行で29歳から始め、30歳で日本代表になったそうです。

サラリーマンとアスリートを相互補完するキャリアの形とは。柿添さんが考えるアスリートの”新しい形”を伺いました。

医学部受験と競泳、”二兎”を追うことはできない

ー柿添さんは社会人になってからフィンスイミングを始め、日本代表になったと聞きました。競技を始めたきっかけを教えてもらえますか?

もともとは大学時代に競泳をやっていたんです。オリンピック選手を目指し、筑波大学の体育会水泳部で活動していました。

筑波大学水泳部は日本でもトップクラスのチーム。月並みな表現ですが、「才能の差」を感じました。同じ体格なのにバネのように身体を動かせる同世代の選手を見て、「オリンピック選手は断念せざるを得ない」と思ったんです。

「オリンピック選手になれなかったら、医者になる」と入学する前から決めていたので、医学部入試のために3年生の終わり頃に受験勉強を始めました。でも残念なことに、そのチャレンジも失敗してしまったんです。

ーもともとは、競泳の選手だったんですね。医学部受験から、サラリーマンになるまではどのような経緯だったのでしょうか?

今思えば、受験で落ちてしまって逆に良かったかもしれません。浪人しているときは少し空気を入れ替えようと思い、実家から引っ越し、シェアハウスで友人と共同生活しながら勉強してたんです。これが大きな転機でした。

同世代の友人はもう働き始めているので、シェアハウスにサラリーマンが集まるんです。当然仕事の話になるんですが、なんだか楽しそうで。自分が思っていたサラリーマンの姿と、良い意味でのギャップがありました。

昔から僕は、「何者かになりたい」という気持ちが強かった。「オリンピック選手で医者だったらレアな人材じゃないかな」と思ってたんですよね(笑)。よく考えれば田舎で生まれて、一番仲の良かった親戚が三重大学の医学部だったから、社会的地位のあるものを連想したら医者しかなかったというだけなんです。

オリンピック選手でなくても、医者でなくてもやりがいを持って働くことはできる。しかし、既卒だからリクナビも登録できない。ビハインドはありましたが、なんとか出版社の旺文社に入社することができました。それが、サラリーマンのキャリアを歩み始めたきっかけです。

29歳で日本代表に。サラリーマンならではの”戦い方”

ー繰り返しになるのですが、フィンスイミングを始めたのはなにがきっかけだったのでしょうか?

本音を言うと、当時の日本代表選手の練習を見ていて「自分でも日本代表選手になれる」と思ったんです。

入社5年目くらいですね。現役当初よりも、17キロくらい太ってしまって…(笑)。ダイエットのために競泳をやっていて、たまにフィンスイミングの試合にも出ていました。当時は今のようなハードな練習をしていなかったんですが、たまたまフィンスイミングの日本代表の選手合宿に行く機会があって。

その数日間でしたがトップ選手との距離感が自分の中でつかめたんです。フィンスイミングでは、足に「フィン(ヒレ)」をつけ、まるで人魚のように泳ぎます。思えば、学生時代からドルフィンキックが得意だったので、実は少しだけベースとなるスキルがあることに気づきました。

しかも幸運なことに、フィンスイミングは、日本ではまだ競技人口が少ないマイナースポーツ。合宿から帰ったあと、Facebookで日本代表を狙うことを宣言し、フィンスイミングの練習を始めました。

ー本業でアスリートする方より練習時間は少ない中、どのように練習の質を担保していたのでしょうか?

むしろ逆で、当時の代表選手よりも「練習”量”を増やすこと」を意識していたんです。練習は週に5回、一回につき3時間ほどやっています。平日は退勤後の夜、休日は午前です。

誤解を恐れずに言うと、どんなスポーツ選手でも毎日サラリーマンが会社にいる時間と、同じ量を練習にあてているわけではありませんよね。プロ野球でもサッカーでも、試合している時間を除けば、選手が練習にあてるのは多くて4-5時間程度。つまり、仕事が終わってからの時間を有効に使えれば、会社員として勤めていても十分な練習時間をとることはできるんです。

また、必ずしもフィンを履いて泳ぐだけが練習ではありませんから、普通に泳いで心肺機能を鍛えたり、ジムに行って筋トレするなど、やりようはいくらでもあります。

練習場所がなければ、プールと交渉してお金を払い、練習日を自ら創り出すことだってできます。人はお金だけでは動きませんから、ビジョンや気持ちを伝えることも重要。他の選手に勝つにあたっての自分が持つリソースは「人脈」や「ある程度の収入があること」だったんです。

マイナースポーツこそ、自らをSNSで”プレスリリース”する必要がある

ーサラリーマンだからこそ、アスリートに集中できることもあるのでしょうか?

実際、「お金があるからできること」は多いんです。マイナースポーツであれば、練習にかかる費用が全て自腹なのは当たり前。たとえ日本代表選手だったとしても、練習場所を借りる、ジムに通う、サプリメントを摂ったり、トレーナーをつけてマッサージに通うのも全て自腹です。

今までは、アスリートは赤字であることをいちいち公表しませんでした。それは「カッコ悪く見えるから」という理由ではなく、むしろ「アスリートはお金を稼いではいけない」という”風変わりした美学”から来るものだと思うんです。

でも事実として、自分たちを広告価値として換算することはできない。であれば、スポーツの市場自体を盛り上げていく工夫が選手にも求められます。

ー具体的に、どのようにフィンスイミングという”スポーツ”への集客を増やしていったのでしょうか?

人々がマイナースポーツを「急に注目してくれる」なんてことはありません。どうしたら来てくれるかを考えたとき、僕が出した答えは「身の回りの人に来てもらうこと」でした。

僕は練習した日は必ず、Facebookで「自分がどれだけ練習したか」を文字と画像に起こしています。昨日(2017年9月時点)で、1280投稿ほどしました。2013年にフィンスイミングを始めてから、一度もFacebookの情報発信を欠かしたことはありません。支えてくれる人たちに自分たちの活動を「見える化」しようと思い、「自らをプレスリリース」してるんです。

また、自分が友人の晴れ舞台、例えばコンサートや結婚式などへ行くときに期待しているのは「行くからには楽しみたい」ということでした。同じように、横浜までフィンスイミングの大会に来てくれたからには、その一日を楽しく過ごしてもらいたい。

なので、選手の経歴やレース予想などを文章と写真にして、事前情報を自作のパンフレットにして配布したりもしました。自分のファンにならなくても、他の選手のファンになってくれれば「フィンスイミング自体」が盛り上がる。

オリンピックに出たとしても、選手が忘れられてしまうのはもったいない。フィンスイミングの市場自体を盛り上げるために、これからも情報発信をしていきたいと思っています。

アスリートはまず、お金の稼ぎ方を知るべき。

ーこれからの時代を担うアスリートに、なにか伝えたいことはありますか?

数年前、アメリカでは学生スポーツの「アマチュア規定」が物議を醸しました。大学スポーツは巨額な利益が生まれる一方、「学生はプレーしても、報酬が支払われない」構造にある。アメリカでは、それが糾弾されつつあるんです。少しずつ、大学生でもスポーツでお金を稼げるようになって来ました。

日本にも、お金の稼ぎ方を意識したアスリートが必要。大学生が専門性を持つ傍でプログラミングを勉強するのと同じように、アスリートもスポーツをやりながらもビジネスの視点を取り入れた方が良いと思うんです。何度も言いますが、お金があるからこそ、できることがたくさんある。

若いうちからお金を稼ぐことを通じて、「社会に価値を提供すること」を意識していれば、 「卒業後はフリーター」ではなく「会社員になって続ける」選択肢も見えてきますし、急にパタリと競技をやめる必要もありません。まずは学生時代からプロ契約をしたりといった、お金の稼ぎ方を知った方が良いと思っています。

ー最後に、柿添さんの今後の展望を教えてください。

選手としての目下の目標は、次のアジア大会のリレーでメダルをとること、世界選手権で決勝に残ることです。そこでメダルを取れたら、次は選手としてフィンスイミング業界だけではなく、スポーツ全体をビジネスマンの視点から活性化できるようになりたい。

ビジネスとスポーツの距離はまだ離れているけれど、両方で大事にできるエッセンスは確実にありますし、「ブラック部活」や「体育会系出身の人材の扱い方」など、まだまだ解決しなければならない課題も多くある。

アスリートとサラリーマン、両方の立場を経験しているからこそ、重なる部分で活躍する人材になりたいと思っています。 

取材後記 

柿添さんのフィンスイミングにおける「勝算」は、意外にも会社員というキャリアから生まれたものでした。

考えてみれば、アスリートがジムに行くことも、サプリメントを摂ることも、出張するのも、お金があるからできること。華やかなプレーを見せる影で、見せない努力は当然あるわけです。競技成績をあげるにあたって、勝つため手段は”練習”以外にも多様にある。

僕もひとりの消費者として、「アスリートがお金のことを口にしてはいけない」という空気感は、誤った美学だと思います。競技に対するリスペクトがあるからこそ、僕たちオーディエンスはその分のお金を払いたい。

個人的には、柿添さんのような「ありのまま」を起点としたアスリートがもっと増えるといいなぁ、なんて思っています。

■フィンスイミング日本代表、柿添武文選手

・ホームページ
http://kakizoe.minato.jp.net

・Twitter
https://twitter.com/kakkies03

・Facebook
https://www.facebook.com/takefumi.kakizoe

・Facebookページ「フィンスイミング日本選手権に観客を。」
https://facebook.com/japanfinswimming/

 

■この記事のつくり手

取材・執筆:奥岡けんと

撮影:木村まな

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