「二兎を追って二兎を得る生き方」を応援するライフスタイルマガジンHARES。インタビュー第三弾は、今年7月末にリクルートキャリアを卒業し、独立されて間もないキャリアライン代表取締役社長山崎晃平さんのストーリーをお届けします。

本気で成長したかったから、あえて一番ブラックそうな会社を選んだ。

ーー山崎さんは今までどういったキャリアを歩んできたんですか?

 今までは新卒でとあるコンサルティング会社に入社、そのあと転職してリクルートコミュニケーションズ、リクルートキャリアの合計3社を経験しています。

もう民事再生になってしまった会社なのですが、ゴリゴリの営業会社に新卒で入社しました。毎日深夜2時、3時まで仕事したり、会社に泊まったり、「死ね」とか「飛び降りろ」とか言われるのが日常茶飯事といった、いわゆる絵に描いたようなブラック企業で働いていました(笑)

キャリアライン山崎晃平

ーーめちゃくちゃですね。若い人が「ブラック企業はイヤだ」「営業はイヤだ」という中、なぜわざわざ新卒でブラック企業に入ったのでしょうか?

実は、入りたくて入ったんですよ(笑)

大学生時代は全然ビジネスには興味がなくて、ずっとバンドをやっていました。授業中も音楽ばかりを聞いていて、とてもじゃないけどあまり真面目な学生ではなかったです。

とはいえ、就活になると不真面目だった周りも重い腰をあげて自分のやりたい仕事を考えていきますよね。でも、僕はやりたい仕事なんて働かないとわからないと思っていたので、“どういうコトをするか”ではなくて、”どういう価値観を実現したいか”で仕事を選ぶことにしました。

そこで、20年くらいの人生を振り返って、「もう一度人生をかけて再現したい価値観はなにか」と考えた時に、浮かんだのが高校の陸上部の経験だったんです。12歳からずっと続けていて、高校ではキャプテンとして駅伝でアンカーを走っていました。

今でもずっと覚えているのが、駅伝で次の走者につなぐ、タスキのこと。駅伝で走っている最中必ず「つらい」とか「逃げ出したい」という気持ちが湧いてくるんですが、ふとタスキを握ると、汗でびっしょり濡れてるんです。それは、自分だけの汗じゃなくて、”今まで仲間が懸命に走って、繋いでくれた汗”なんです。

別に強かったわけではないけれど、誰ひとり諦めることなく、目標に向かって邁進していた。そういう環境で一生懸命やれたことが嬉しくて、部活を引退するときに心のそこから涙がでてきました。

「あの体験をもう一回できたら死んでもいい。部活のように、仕事に打ち込みたい。」そういう想いから、「24時間やっても没頭できることを仕事にしよう」と決めました。

とはいえ、大学生なので、何もわかっていないんですよね。成長できる環境ってのは何かって考えた時に、「たくさん働いたら成長できるだろう。たくさん働くなら『ブラック企業』だ!」ってなっちゃったんです(笑)。「会社にどれだけ泊まってるか」という比率を2ちゃんねるとかインターネットで調べて、一番泊まってそうだったコンサルティング会社にたまたま最初に内定をいただけて、入社を決めました。

キャリアライン_山崎さん

ーーヤバいですね(笑)そんなド変態、なかなかいないですよ(笑)

2ちゃんねるでも相当叩かれてましたからね(笑)。

ただ、業績に関しては入社前まではうなぎ上りで伸び続けていたのですが、入社した初年度にリーマンショックが起きて業績が急降下したんです。よりによって、その時期は新卒を大量採用をしていた時期で、1000人の会社で150人も採用してましたから、すぐにガタがきました。入社して3ヶ月でちょうど150人の早期退職者を募るようになって、「ああこれは俺たちが入社した分だな」とフクザツな心境になったことを覚えています。

それでも、「いつかは経営に携わりたい」と思っていたので、最初の1年半は営業で成果をあげて、自分から部署異動を願い出て、新規事業のマネージャーを1年弱やって、という3年間でした。大変でしたがその分学びも多くて、今でも仕事の原点はここにあると思っています。

「もっと本気になって働きたい」ブラック企業からリクルートへ

段々と「もっと本気で働きたい」と思うようになっていったんです。業績が下降すると、みんな最初は立ち直らせようと頑張っていたけど、徐々に諦めムードが漂ってきて。それまで、残業とか繁忙期という概念が存在しないくらい、みんな会社に遅くまで残って働いていたのにそういうこともなくなって、「もっと本気になって働ける会社があるんじゃないか」と思って転職を決めました。

でも、自分のテーマはまだ定まっていなくて、そこで思い出したのが自分のバンドの経験。昔から何かを作ることで自分なりに世界観を表現するのが好きだったな、って思い出して。だから、漠然と、自分の手で何か制作物を創って、メッセージを届けられる仕事が良いかもしれない、と思い現在のリクルートコミュニケーションズにご縁をいただき入社しました。

そこでの仕事を通じて「人」をテーマにしたい、という今の価値観が芽生えたんです。

ーーなにかきっかけがあったんですか?

まず、ブラック企業で働いていた僕にとっては、リクルートの社風や働く人たちがカルチャーショックでした。

自主性を尊重していて、誰も受け身で仕事をやらされていないし、生まれる会話もアツくて面白くて。こんな職場があるんだという事実が、ただ衝撃的でした。もともと自分に自信が無い方なので、そんな自分でも仕事を通して「こんな自分でも誰かの役に立てることがある」というのが、嬉しかったんです。

かけがえのない「仕事」との出会いが、彼女を変えてくれた。

キャリアライン_山崎晃平 それと、もう一つきっかけになったのは、過去に付き合っていた彼女の影響です。当時、彼女が精神的に少し不安定な時期があり、何か嫌なことがあると自傷行為に及んでしまうことすらありました。それを見るのが本当にツラくて。一緒に病院に行っても、どんなにコミュニケーションの仕方を気をつけてもなかなか良くならない。何もできない状態にもどかしさを感じていました。

でも、そんな日々にちょっとした巡り合わせが起きたんです。

彼女は元々子どもが好きで、「保育の仕事がしたい」とずっと言ってました。色々探して面接も頑張った結果、晴れて面接に合格して、保育の仕事につくことができたんです。子ども好きなだけあって、子どもの心を掴むのが上手だったんでしょうね。どんどん仕事で褒められたり認められたりするようになって、自信がついていって。自信がついたらさらに仕事がうまくいくようになって、また褒められて、と好循環が起こるようになりました。自傷行為に及ぶ頻度も目に見えてどんどん減っていきました。

なぜ彼女が自傷行為をするのかというと、”自分は社会にとって存在価値がないんじゃないか”、って思っているからなんです。僕がどんなに気を付けても、症状はなかなか変わらなかったのに、仕事で認められるとどんどんよくなっていく。

そして、最終的には自傷行為もなくなり、「生まれてきてよかった」という言葉まで聞けた。「仕事が彼女を変えてくれた」って純粋に思ったんです。”働く”って本当に尊い、ということを痛感した出来事でした。

27歳の時、まずは個人事業主として起業。

リクルートコミュニケーションズで働く傍ら、「起業したい」という自分の夢をかなえるべく、27歳のときに、個人事業主として起業しました。はじめは月に数万円程度の収入でしたが、知り合いのスタートアップで働いているインターン生や社員の研修講師をしたり、キャリア相談をやっていました。その後、「仕事で悩んでいる人の助けになりたい」という想いが高まって、リクルートキャリアに移り、今の自分があります。

ーー忙しい中、本業と複業にはどう折り合いをつけていたんでしょうか?

折り合いをつけるのは難しかったですよ。ただ、複業をやりつつも本業で成果をしっかり出す、という責任感だけは最後まで絶対に貫こうと決めていました。複業に時間を割けるのは、基本的には仕事が終わった後の夜と休日しかないんですが、新卒が忙しい会社だったので、定時の感覚がだいたい2時半くらいなんですよ(笑)

だから仕事終わった後も仕事がしたくなる、というところがあって、モチベーションには困りませんでした。近所のサイゼリアが23時で閉まるので、その後家に帰ってシャワーを浴びて、だいたい2時くらいまでやるのがルーティンでした。なので、気持ちの面ではあまり苦労しませんでしたね。

でも、本業をやっている時にどうしてもキャリアラインのことが頭によぎって、ウズウズしちゃって(笑)。だんだん本業と複業にかけたい熱意が逆転してきて、独立することを上司に告げました。

ーー現在はキャリアラインとヒューマニズムの二つの事業を行っていますが、事業が生まれた経緯を教えてください。

実は、リクルートキャリアに転籍した時の「とある発見」が、個人事業主だけではなく、サービスを持ちたいと思ったきっかけです。

当時、求人広告の営業担当として「働いてる人を応援したい」と思う一方で、短期間で転職を繰り返してしまっている求職者が非常に多いという事実にやりきれない思いを抱えていました。数ヶ月単位で会社を辞めて転職回数が6~7回を超えている人も少なくないんです。

実際に求職者の方とお会いして転職の理由を聞いていくと、「聞いていた条件と違う」という声がほとんどでした。きちんと事前に情報収集をしておけば防げたはずなんですが、企業側も採用選考中は「タテマエ」で話して実態が分からないまま入社に至ってしまうことが多い。「ホンネ」で話し合える場を事前に作れれば、もっと良いマッチングができるだろうと思ったんです。

そこで、転職活動にこそ、OBOG訪問が必要なんじゃないか?と思ったんです。新卒の就職活動はOBOG訪問をオフィシャルに行う機会がたくさんありますよね。でも、なぜ転職活動でOBOG訪問をする機会はほとんどない。これはなぜだろう?と。だから、就職活動と同じように、選考を受けている企業で働く社員と出会えて、訪問できる機会を増やせれば、転職でのミスマッチが減るんじゃないかな、と思って立ち上げたのがキャリアラインです。

キャリアライン_OB訪問

採用に人間中心主義の革命を起こしたい

――次に、ヒューマニズムが生まれた背景をお伺いしてもよろしいでしょうか?

人材業界に入ってもう一つ思ったことは、複業、時短勤務、リモートワークというように、個人の働く価値観は変化しているのに、働く機会を提供する求人サービスは画一的であまり変わっていないことです。

そこで作ったのが、8月にリリースした、ヒューマニズムというスター社員のプラットフォームサイトです。IT企業やスタートアップ企業の活躍社員を検索でき、その社員と一緒に働ける求人が掲載されています。優秀な人と仕事をしたいという志向を持った求職者が、社員のスキルやインタビューを見て「この人と働きたい」って思う感覚を入り口に、採用に繋げたいと思っています。比較的規模が大きくてしっかりした企業だと採用ページに社員インタビューが載っていて、それを参考にすることもあると思うのですが、ヒューマニズムはたくさんの会社のスター社員を検索し、比較して見られるところがプラットフォームとしての強みです。企業としても”人の魅力”に特化した採用ブランディングができるようになると考えています。

「ヒューマニズム」を立ち上げようと思った背景は昨今の採用トレンドが影響しています。リファラル採用の強化や直接応募ルートの確立を課題にしている企業が多く、知り合いの人事からも採用ブランディングの相談をもらうことが多くなりました。現場の課題を感じたことと、仕事選びの新しい軸をつくりたいという想いが重なったことが立ち上げのきっかけになりました。

Humanism_キャリアライン

会社のスローガンとしては、”仕事で、忘れられない体験をしよう”です。しんどいことを仲間全員で乗り越えて最高の感動を味わいたい。そのために志に向かってチャレンジし続けたいと考えています。成長するためには仕事でも人生でも、過去の行動を振り返ってどこをどう改善すればいいのか考えたり、過去の成功体験を思い出して奮起することは非常に大切だと思います。でも、自分一人の力で内省できる人はそう多くありません。自分自身も内向的な性格に悩みました。だからこそ、身近にキャリア相談ができる人がいたほうがよいし、人のストーリーを見て勇気付けられる機会があった方が良い。自分自身が「内向的な人でもこれだけ成長できる」ということを証明したい、そう思っています。

取材後記

リクルートキャリアの先輩でもある山崎さん。”ヒトの魅力をもっと伝えたい。その人らしい価値観を実現してほしい”という芯の強さに触れたインタビューでした。

同時に、「みんなで同じ価値観を実現したい」「転職を繰り返す人のミスマッチを防ぎたい」という、山崎さんらしい優しさに触れたひとときになりました。

山崎さんの言う通り、個人の働き方は日々変わる中、求人サービスはいまだ模索中です。だからこそ、CareerLine、Humanismが作る未来がどんな働き方になるのか、今後がとても楽しみです。

(インタビュー:西村創一朗、文:奥岡権人)

 

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